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時々、和歌山遊、和歌浦、観海閣へ

久しぶりに和歌山の友人たちに和歌山で会う事になった、高校時代の友人たちやから とても懐かしい。というても年に1回くらいはなんらかの形で会っている。 前の時は大阪から阪和線に乗っていったけど、こんかいは和歌山線で行く。 行きは1時間に1本という今でもローカルな路線になってしまった。 比較的家からちかい高野口駅。

なぜか名前のわりには高野山への入り口になってないのが不思議だ。しかし、この町の 中にはこういう古い建物が残っているのが奥ゆかしい。

表全面を飾る昭和ガラスがかっこいい、存在感があって、とても良い雰囲気だ。 ここからローカル電車に乗る。

こういうのは意外と楽しい。平日の昼間やけどガラガラではなくて、というより ほぼ満員で、学生さんやらサラリーマン風の人やら買い物風の人やら、普通のおじさん、 おばさん、じいさん、ばあさんなどなど、賑やかだ。 ほぼ1時間、気持ち的にはあっと言う間に和歌山に着いた。 和歌山駅で友人たちと合流、というても3人やけど、そのままどこ行こ?と言い ながらほぼアテもなく、なんとなく東照宮へ。日光だけやなくてここにも東照宮さんが あるのだ。 さあ行こう、やけど降りしきる雨の中、気が進まへん。しかもいきなり階段がある。

しかも、えらく急で長い。 ぼちぼち登ろう。一段一段の段差が想定以上に大きい。結構腰にくるなあ。 雨で滑るし、かなわんなあ。 ぶちぶち、口には出さんけど心の中で弱音を吐きながらも登ってるうちに、いつのまにか 上に着いた。

こんな小高いとこにあるとは知らんかった。 和歌浦、片男波方面の海の景色が見える。

さくっと拝んで、さくっと見たら、雨が酷いんでちゃっちゃと降りよう。 帰りには帰り用の階段がある。いささか段差が低いけど距離がながい、滑りやすいのは同じ。 では、次へ。 とりとめもなく目的もなく、思い立ったあたりへ。 近くに玉津島神社がある。その横にある観海閣というところに行って見たい。

玉津島神社は古くから万葉の歌枕でもあるし和歌の神様を祀る神社として有名と いうことなんやけど、それよりは小学生の頃、いっときこの近くに住んでいたことが あってその懐かしさの方が先に立つ。

神社の向かい側に小さな島がある。そこに渡る小さな石橋のたもとでその頃の ある時期、あさりがいくらでも採れたことがあった。朝学校へ行く前に小型のバケツを もってそこまで行ってザクザク、ザクザク、心配になるほど出てくるやつを一杯に して持って帰る日々が続いた。それがいつまで続いたか、ある日突然採れなくなったか その辺は昔のことで定かでは無い。 その頃はこのあたりが、万葉の昔からの由緒ある土地やとは教えられて聞いては いても何の興味もなかったけど絵を描いたりするようになるとなかなかええとこやと わかってきた。

昔ながらの楼閣は残念ながら壊れてしまって無粋なコンクリートになってしまったと しても昔を偲んで想像しながら絵にすることはできるのではないか。

幸い裏山には塔が残っている。

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新年おめでとうございます

皆さん新年明けましておめでとうございます。

昨年中は拙いブログを読んでいただきありがとうございました。 本年も引き続き勝手に頑張って続けて行きたいと思っていますのでご愛読を宜しく お願い致します。 昨年も又色々なところに旅をしましたがだんだんと回数が減って行くようです。 歳とともに体力もお金も目減りしていくのはやむを得ないですね。 最初は、友人と二人でエベレストを見にトレッキングに行きました。 カトマンズからルクラまで国内線に乗って行き、そこからエベレストが見える サンポチェの丘にあるエベレストビューホテルまで2泊3日のトレッキングでした。 行程そのものは足弱の私でもしんどいながらもなんとかついていける、ポータさんに 荷物を持ってもらった結果ですが、内容でしたが高山病が心配な日々でもありました。 兆候は結構ありましたが一応ダイアモックスを飲んだおかげで事なきをえました。 最後が時ならぬ雪に降り込められてエベレストビューホテルで無聊をかこって いて、ほとんど諦めていましたが帰る直前にびかっと晴れて、エベレストの全貌を 見ることができました。 よかったよかったでした。 その次は中国、湖南省、貴州省の旅でした。9年前に行ってとても印象的だった 洞庭湖や武陵源、鳳凰古城に加え、貴州省に足を伸ばして少数民族の文化と暮らしを 見せてもらおうと友人たちを誘って勇躍旅に出たのはええんやけど、確かに久しぶりやし ええ感じやったんやけど、観光化が進んで、中国の観光化がここまで徹底的に 変えてしまう、見た目を残して中身を観光ビジネスに変えてしまう、とは想像も つかなかったんでかなりのがっかり感も残って、中国の旅もこれでしばらく休憩かな とか考えてしまったような旅でありました。 しかし、昨年末に、留学時に滞在してた杭州を拠点に浙江省の南の方、温州近くまで まだ観光化されてない古村を巡る旅に友人たちを誘って行きました。 これは素晴らしかった。観光地知名度的には殆ど無名の村でしたが、ほぼ全く 土産物屋街や飲食店街、ホテル街などはなくて、村の生活がそのままありました。 どの路地に入っても爺さんや婆さんや、おっちゃん、おばちゃんが居てる、 その生活の合間から、日本にはなくなってしまった原風景や、中国の歴史や 古い文化の香りが感じられ、時には思わぬ絶景や奇観に巡り会えました。 観光化されてないというのはこんなことかと改めて嬉しく思いました。 そこに住む人の生活の利便と観光化というのはどこでも悩ましい問題ではあるに しろ、今のような中国の徹底した観光化の嵐がおよばなさそうなところを 探して旅するのも面白いかもしれません。 そういえば、熊野古道小辺路を歩いたことも忘れられない思い出です。紀州、熊野の 山奥深いところを歩いているととても神秘的な気分になるし、心癒されます。 随分と絵を描くモチベーションをもらいました。 あと思い出深いことは6月に初めて個展をやったことです。生まれて初めての 個展でドキドキハラハラの毎日でした。毎日沢山の方々に見に来ていただき、 友人にも手伝いをしていただき、感謝、感謝の日々でした。 それはええけど、やっぱりもっともっと技量を上げんとあかんなあとも改めて 思いました。まとめて展示して見るといろんな課題が山積です。 通りすがりの見ず知らずの人にも、これええやんとふらりの覗きに入ってもらえる だけの力も必要です。 また、頑張らねば。 又、遠く無い機会に個展をやらねば! てなことで今年も、あいかわらず公募展にだしたり、いろいろ頑張ってみます。 大きな絵にも挑戦したいと思っています。今年は100号(132cmx160cm)かな? 中国で紙も買えました。 いろいろと頑張ります。 美味いもん食べも続けます。 カレーも好きです。

皆様方にも良い一年を送られますよう祈念しております。 […]

ちょろっと四天王寺、年末終い弘法へ。

年末近くなって天王寺のあたりをうろつく機会があった。もしかしたら今日は 弘法市やってるんとちゃうやろかと気がついた。そういえば終い弘法の最終日やんか、 ちょっとのぞいてみようかという気になって、地下鉄を四天王寺夕陽ヶ丘で降りる。 ここから近いようで意外と遠い。とはいうものの門前町は独特の空気があるんで それも楽しい。お茶屋お菓子の店、小物雑貨の店、そんな店にしても普段商店街 ではあんまり見いへんような品物がおいてあるときが多い。 で、目指す四天王寺に到着。

おや、思いの外、露天の店が少ないんとちゃうやろか? しかも、もう片付け始めてる店もある。今で最終日15時過ぎ、そうか、最終日は 早く終わるんか? 店の人たちの気持ちは終わりにむかってるようだ。 それでも、ちゃんとやってる店もある。何を買うか、特に目的がなくてもただ見てる だけでも面白い。

焼き物をみてるだけでも楽しい。花器もあれば、酒器もある、片口なんかがあると、 そや、わし、ええ片口探してたんやって酒飲みに口になったりする。それでも 買う気になるには時間がかかる。古着屋さんや古布屋さんも多い。何かおもろいもん ないかなって見たりするけど女モンばっかり、こういうところでは男はニンゲンでは ないんやろ。

さすがに骨董屋さんが多い。ガラス玉やら、電気製品、茶道具、掛け軸、わけわからん もんも多いけど、今、ええ硯ってどんなんやろって調べたりしてると、それが売ってる。 どう見てもバッタもんやから安心やけど、良さげなもんを売ってたらやばいと思う。 ついつい買うてしまうかもしれん。 食べもんを売ってる店も多い。たこ焼きやイカ焼きみたいなありきたりなもんだけ でなくてどっかの名産品をつかってたり、いろいろ趣向をこらしたりしたもんが あったりする。そやけど、まわりがもう終い弘法の終いに向かってガサガサと後片付けを 先に始めてるもんやから見てても落ち着かへん。 只でさえ寒いのに、よけい広い境内にビュッと吹く風が身にしみる。もうええわ、 わしも帰ろうとしてたら、甘酒屋さんの屋台を見つけた。

これはええ、あったまりそう。ここも店じまいに忙しそうやけど、無理に1杯入れて いただく。 外人さんたちの横に座らせてもらって、熱いやつをすする。

美味い! 熱い! とてもええ。心も体も生き返るようだ。 今回気が付いたのは、お客さんに欧米系の外国人が多いように見えたのは、もしか したら前からの当たり前のことかもしれん、しかし、お店をやってる人にも、 外国人が多いように思えた。どんな状況でここに出店する鑑札までもらえるように なったんやろ? そんなことも当たり前の時代になったんやろか? 国際的な「蚤の市」みたいな位置付けになってきたんかもしれん。

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ありがとうございました。

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時々、奈良遊、西ノ京へスケッチにいく-5、「がんこ一徹長屋」、墨の資料館へ。

このあたりは人通りが少なくてひっそりして、奥まったええ場所だ。わしらもちょっと お邪魔して横で描かせていただこう。

向こうさんは一生懸命描いてはる。色も付けて本格的だ。わしは、描き始めたもんの 適当にちゃっちゃと描いてもう出来たような気になってきた。わしの悪い癖だ。 いつもじっくりようかかへん。 紅葉を見に行ったり、

カキツバタ? を見に行ったり、

そわそわしだした。 やむなく友人たちもスケッチをやめて、もう帰ろうかと帰り支度を始めた。 いつもながら申し訳ない。 で、帰り道はまっすぐ駅に向かわずに、近鉄線の西側に回って、案内図にあった 「がんこ一徹長屋」というとこに寄ってみたいという友人の意見にみな心惹かれてる。 何があるんかこの図ではわからんけどなんとなく文房四宝の匂いがする。 匂いと感を頼りに線路の向こうへまわるけど道は複雑に曲がってるんでほんまに 行けるんかどうか不安になってきたころやっと見つけた。 長屋と書いたほうには誰もいなくて向かいの「墨の資料館」みたいなのが開いている。 けどあんまり人の気配がない。1階にはあんまり何もおいてないみたいなんで2階に 上がってみる。書の作品なんかが置いてある。墨や硯の展示もしてある。 なぜか開け放しの扉があって、そのむこうで墨作りをして見せている、というか、 さっきまでそうしてたような、後でわかったんやけど、さっきまで中国人の団体が 来てはってこれを見学して帰ったのだそうだ。中国でも同じようなことをする 工房があるんやけど、墨作り全般は文革の影響で良い技術が途絶えてしまったと 言う説もあって日本に来て良墨を沢山買って帰る人が多いと聞いたことがある。 3階に行くと墨の大展示場になっている。わからんからフンフンと見て回る。 すると中から誰か出て来た。 なんとなく話をしてると、いつの間にか墨の話になった。 えらく詳しい。墨の作り方から材料の話、技術の話、何の資料もなくても次々に 微に入り細にわたってとうとうと喋りはる。そのうち、書の墨と水墨画の墨は違うん やでという話になった。 なんやてと急に聞き耳が立つ。 どうちがうんか聞いてると膠の量がちがうのだそうだ。絵用には膠を少なくして 調整するのだそうだ。それについても蘊蓄も終わることがないほど続く。 ほんなら簡単にいえば、水墨画用って言う墨は買うことができるのかと聞くと、 例えばこれやと出してくる。 それについての講釈もひとしきり聞いてるとどうしても買いたくなる。つい衝動買い するのがわしの悪い癖だ。 それにしてもええ勉強になった。あんまりとうとうとしゃべりはるんで十分身についた とは言えんけど、ポイントはわかったような気がする。 墨や硯について、また初心に帰って墨の擦り方から勉強せんとあかんなあと思い直した 次第だ。

それにしても、これでええ絵がかけたら嬉しいんやけどなあ。 技量の問題もあるしなあ。 どんな色がでるか楽しみ楽しみ。

「がんこ一徹長屋」

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ありがとうございました。

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時々、奈良遊、西ノ京へスケッチにいく-4、唐招提寺の中に入る。

さて、唐招提寺の周りをぐるぐる回ったけで木の間隠れに垣間見えるはずもなく 結局一周回ってしまって正面玄関に着いた。ここまで来たら入場料を払って中に入ろう。 正面から入って目の前に見える金堂の屋根がとても美しい。

建物も気品があってとてもいい。さすが、入ってすぐの右側で絵を描いてはる人たちが いる。ええ場所やなあとはおもうけどいくらなんでもすぐに人だかりがするんで わしらは恥ずかしい。

とりあえず、昼飯のときのビールが利いてきてるんでトイレを探す。 それから、あちこち見ながら奥に行く。

まだ紅葉が美しい。 さすがに観光客が多い。しかも団体さんが多い。

奥の方に行くといろんなとこが工事中だ。鑑真和尚のお墓とかそのあたりのお庭 なんかもちゃんと見られへんのが残念だ。

鑑真和尚の像はレプリカが公開されてる。本物は6月の特別公開の時だけだ。 この像はたしか中国でも見たことがある。楊州にある大明寺というお寺だ。 一回行ったことがある。 元々鑑真さんが日本に来るまで修行されてたお寺なんで、鑑真つながりでいえば こちらが本家なんやけど、奈良のこの唐招提寺がいろんな変遷はありながらも 当時の面影を伝えているのに対して、大明寺の方は清代末の混乱で消失したあと 中華民国になってから全面再建されたらしい。そやからかどうか、雰囲気は似てる ものの、やっぱり中国風であり、どこか派手さを感じさせる佇まいではあるような 気がした。 日本の唐招提寺の金堂を模したかのような鑑真記念堂があって日本から寄贈の レプリカが飾られていた。 規模で言えば日本よりはるかに大きいし、五重塔まである大伽藍なだけに こぢんまりと清楚な感じがする奈良の唐招提寺の方がわしは好きに思えた。 そんなことを思い出しながら、鑑真さんと反対の方に向かう。 土壁の塀がええ感じだ。

こんなとこやったらスケッチしたいなあって思ったら、案の定、先客がいて、 熱心に絵を描いてはる。

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ありがとうございました。

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時々、奈良遊、西ノ京へスケッチにいく-3、唐招提寺の裏側を回って垂仁天皇陵へ。

さて、行けども行けども唐招提寺の森が見えるだけ、畑の中を迂回してやっと線路を超える。 目の前に古墳のようなこんもりしたところと池が見えた。

池には水鳥が泳いでいてとても良い感じだ。

空にもなんやら飛んでるけどなんかはわからん。 後で、説明板のあるところに行ったら、宝来山古墳と言って垂仁天皇の御陵なのだ そうだ。 その手前に何やら円こいモンが見える。あれも古墳の一部なんやろか? 振り返ったら、看板があった。

なるほど、田道間守(たじまもり)と言う人の墓らしい。垂仁天皇の命を受けて 不老不死の妙薬といわれる非時香菓(ときじくのかくのみ)を求めて天竺まで行った らしい。(ほんまかいな?)艱難辛苦の上に(書いてない)やっと見つけて、持ち帰ったら 天皇はもう崩御されてたということらしい。それを知った田道間守は悲しみのあまり哭死したと言う。 ということで、垂仁天皇の御陵の前に彼の墓も作られたのだそうだ。(ほんまかいな?) その時持ち帰ったのが写真にあるヤマトタチバナというやつらしい。それがミカンの 元になったと言うことで、そのゆかりの神社が和歌山県の海南市、下津にある 橘本神社というらしい。えらい色々と話がつながってとうとう実家のあった海南市まで 行ってしまった。近くにはみかん発祥の地、「六本樹の丘」というのまであるらしい。 なるほど、お茶の発祥の木ちゅうのは中国や台湾で見たけどみかん発祥の木は海南に あったんか? まあ、それはどうでもええとして、古墳の隣には刈り入れの終わった田んぼがあって 稲わらが干してある。

ついこないだこんな風景を中国で見たなあ。こないだは中国、浙江省の殆ど観光化 されてない古村巡りにいってきた。観光化されるという意味は、中国の場合、今、 現在の村の生活は殆どなくなって生活跡みたいな形で環境や建物が保存されて、 全体が巨大なテーマパークでありお土産やさんばっかりになってしまって、面白くも なんともなくなる場合が多いんやけど今回は十分生活があって、それを垣間見させて もらうような旅だったんでとてもよかった。 稲刈りのあとも同じような風景があちこちにあった。 こんな風景は絵に描きたくなるのだ。 中国ではこんな言葉を見かけた。「漁樵耕読」。 謂わば、「晴耕雨読」みたいな感じの言葉やと思う。 理想やけど、できへんなあ。

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時々、奈良遊、西ノ京へスケッチにいく-2、薬師寺を遠望する。

さて、では勢いよく薬師寺を見に行こう。中に入ってもおもろないんで、外から 見たいと思ってたんで秋篠川の方に進む。左にちょっとお堂があるんで覗きながら 行こう。日曜やと言うのに京都と違って奈良は有名観光スポットでも観光客は比較的 少ない。けどやっぱり中国語系の人の比率は多いようだ。どんな場所でも貪欲に 周りはるし、そこでポーズを決めて撮影してはる。 うむ、まあええか。わしらは先を急ごう。 秋篠川に沿って南下する。この道は歩きやすいけど実は自転車専用道路だ。歩行者が 歩いてええんかどうかはわからんけど遠慮しつつ歩かせてもらう。 遠くに薬師寺が見えた。

絵には東西の二塔を配しているけで、実際は片方は見えへん。 工事中やった。

それだけでもがっかりやし、だんだん遠景からは見えにくくなってるんとちゃうやろかと 思う。写真家が望遠で撮って発表してるんとは見え方がえらい違いだ。 こんなんでしかええ風景が見られへんのやったら、絵、描くわしらも目ん玉を望遠に 改造せんとあかんのかもしれんなあ、とりあえ気持ちだけ望遠にして想像の中で 絵を描いてみる。 しかし、あまりにも愛想なしなんで、ここは早々に離脱して、秋篠川を北に向かう。 どっか外から唐招提寺のお堂やら伽藍やらが垣間見えるとこはないやろか。外から 木の間が暮れに見えたらカッコええやないか。

しかし、鬱蒼とした森の中にある。見えそうにない。 ここから見える薬師寺の方がややええ感じだ。やっぱり目が望遠レンズになってないとあかん。

目は望遠でも広角でもなんにでもなれるからとても便利だ。しかし、残念ながら実感が わかへん。 で、唐招提寺は見えそうにないけど、一旦川を渡って、どっかええとこないかぐるっと 一周してみよう。

わしらの苦労も知らんとのんびり釣りをしてはる。

ええなあ。 北側に回ると、森に沿った道は無くなって唐招提寺からはどんどん離れて行く。 道もあるかないかわからへん。田んぼの中で右往左往する。 やむなくiPadを取り出して、道を調べる。 ぐるっと回ったら近鉄電車の線路を越えれそうだ。

それにしても、こんな森の中が見えるはずがないわなあ。まあとりあえずぐるっと 回るだけは回ってみよう。

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時々、神戸遊、知人のロックライブ、「G.A.P.」コンサートを聞きに三宮チキンジョージに行った。

チキンジョージなんて久しぶりだ。ロックコンサートも久しぶりだ。ロックやジャズは 好きやからCDやレコードなんかは偶に家で聞いたりするけど、生のバンドは滅多に機会がない。 で、ついでに元町まで行ってしまう。うろうろ回って時間を潰した後、高架下を 三宮まで戻る。東急ハンズを目印の裏にまわる。生田神社の向かい側に地下に 降りる入り口がある。 チケットをわたして、席を確保して、ビールをもらって、準備万端完了だ。落ち合った 知人と2人、ビールを飲みながら少しずつ気分を盛り上げて行く。 おや、後ろがちょっと騒がしい。なんかあったんやろか? なんかあったに違いないけど、何もない、たいしたことない、騒ぎを起こさんとこ という空気がありありと漂ってて変に静かやけど騒ぎは起きてない。 わしらも騒がんとこ、しかし、開演時間が過ぎても始まらへん。 やっと動いた。舞台ではない。後ろだ。消防隊員が静かに入ってきた。そして担架を 持ってきて誰かを運んでる風だ。無言のうちに事がすすんで終わってしまった。 多分、お客かスタッフの誰かが気分が悪くなって運ばれたんやろう。 そして、舞台が開いた。 ジャーン! おお、かっこええやんか。 いきなり乗りに乗っている。

「G.A.P.」っていうロックバンド、実は知人がリードボーカルをやっているのだ。 久しぶりにライブをやるからと知人から案内を頂いた。現役時代に取引先やった 某有名IT企業のえらいさんでありながらプロまがいの演奏活動をやってはる方がいる。 二足のわらじというけど、どっちがメインのわらじやら、わからんくらいでは ないやろか。 仕事の上のつきあいは短かったけど、音楽の話は盛り上がって、初めの頃は、 時々はコンサートに行かせていただいてた。 その後、なかなか神戸まで足を運ぶ決心がつかない期間が続いたんやけど先日 わたしの個展を見にきて頂いて、お酒を一緒に飲んだのを機会にまた日火がついた かもしれん。 やっぱりライブはええですなあ! 特に知り合いがやってるとよけい力が入る。 もういっぱいビールを飲もう。 会場もどんどん熱気を帯びてきてる。 4人の息もぴったりあってるし、観客ものっている。 客席との距離と客席の大きさがちょうどええ感じなんで身内感が強まる。 久しぶりに元気を頂いた感じだ。 また、機会があれば是非聴きにきたいと思う。 ありがとうございました。

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たまには東京遊、無事大阪へ。

よかった。大阪へ帰るチケットがとれた。しかし、まだ問題がある。もう一枚 とらんとあかんのだ。ここには家人と2人できている。しかも飛行機会社が別々だ。 実はJALとANAの両方でマイルが流れそうなやつがあってちょうどそれが充当できるんで これ幸いとそれぞれの予約をしていたのだ。その時点でまさか帰る時間びったりに 台風が来るとは予想もしてなかった。そやからJALはとれたけどANAもとらんと 帰れたことにはならへんのだ。そやから今度は必死でANAに電話する。 やっぱり受付はされるけどなかなか順番が来いへん。やっぱり1時間ほども我慢して やっと繋がった。これって繋がったまま待ってるんやから電話代がかかってるんやろなあ? ANAの方は16時10分の便がとれた。どっちにしろ一応帰れそうだ。 しかし、空港のチェックインカウンターに行ってみると、出発はするけど、万一 天候が悪化すれば東京に戻って来ることもありうる、それを承知でということでの 条件つきなのだ。 しかたない。 とりあえず何か食って元気だして、出発を待とう。それにしても東京で何かうまいもん 食って帰ろうという計画も気分も吹っ飛んでしまった。 出発前にビールでも飲んで心を落ち着けよう。

待ってる間にも次々とキャンセル便が発生してる。チェックインはしたものの もしかしたら飛べへんのちゃうやろかと気が気でない。 外は意外と穏やかだ。

やっと搭乗のアナウンスがあって順番に乗り込む。 全ては順調だ。かな? 飛行機はスタンバイ状態になってからなかなか飛ばない。よくあることやけど こんな場合はとても心配だ。 けどまあ、ほどなくして離陸した。やれやれ。あとは引き返すことがないよう 祈るだけだ。余裕がでてあたりをみると、機内WiFiが無料でできると書いてある。 えらい時代になったもんだ。チョンチョンと簡単に接続できる。映画なんかもこれで 見るんやろか? それはちょっと面倒くさいなあ。WEBとメールができたらええわ。 さすがに雲の上を飛んでるだけあって窓の外は快晴だ。さっきまでとはえらい違い。 台風に向かって飛んでることを忘れそうだ。 でもネット情報をみてると着実に大阪に近づいている。 でも空の上は穏やかだ。飲み物サービスもある。 しばらくすると、もう着陸案内が、ということは引き返すという選択肢はほぼなくなったか。 だんだん下降を始める。大阪の街が見えてきた。 なんや晴れてるやんか。楽勝、楽勝。 と喜んでたけど、着陸態勢に入ってきたら、えらい揺れる。横風がすごいみたい。 飛行機は風にあおられて揺れる、揺れる。大丈夫かいなと心配になる。 相当横揺れしながらも無事着陸した。安堵のあまり拍手する人もいたくらいだ。 わしは無事大阪に帰れた。つぎの問題はANAが無事につくかどうかだ。JALの 建物からANAの建物に移動する。外を通ると風が猛烈に吹いている。やっぱり台風やんか。 ANAの到着は40分後のはず。掲示板を見ると出発はしたみたい。到着は未定と書いている。 その横にはキャンセル表示がずらずら並んでる。 さて無事に到着するのか。少々遅れぎみみたい。 ずっと掲示板を見守るうちに、やっと到着予定の表示が出た。やれやれだ。 外の嵐はだんだんきつくなる。 ANAも無事ついたようだ。あの横風の中をすんなり着陸するんはどっちも腕がええんやろね。 これで一件落着。 やれやれ、台風が来ても家のなかだ。 それにしてもせっかくの東京がなんてこった。 又、リベンジが必要やね。

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たまには東京遊、嵐の前に「子規庵」へ。

鶯谷の駅に着いた。子規庵は10年ほど前に来たことがある。簡単、簡単駅から左手に 行ったらすぐにわかるって思ってたら駅前の様子がえらい変わってる。わしの記憶が まるでデタラメやったんか、道路もできて景色が変わってしまったんか様子がわからん。 しかたない駅前の交番で聞いてみよう。しかし、おまわりさんには先客がいてる。 外国人の観光客でなにかトラブルがあったようだ。時間がかかりそう。待ってる のも面倒くさい。とりあえず行ってみよう。 おや行き過ぎた。 もう仕方ない。ここならわかるやろと入った老舗そうな店で地図をいただいた。 これで大丈夫。なるほどやっと思い出した。ラブホテルばっかりが並んだ界隈の 真っ只中にある。

さすがにこの辺は外国からの観光客は見ない。ラブホテルに用がないんか、子規に 関心がないんか? 子規庵って、ただ家があるだけなんやけど、わしは何故か好きなのだ。 おりから糸瓜忌特別展示の最中だった。

薄暗い狭い空間は雨のせいもあってじめっとしてるけど不思議と心落ち着く場所だ。 これくらいの庭があって、これくらいと部屋があって、毎日、句を詠んで暮らすのは ええもんやろなあって思う。 厳しい病気さえなければ。 部屋の中は撮影禁止だ。庭にでよう。

この庭もとてもいい。特に、糸瓜の垂れ下がった縁側がある部屋がええ感じだ。 昔の、そのままではないとは思うけど、詩でも絵でもなんでも湧いて出そう。

奥の方にひっそりと彼岸花が咲いている。

糸瓜のさらに奥の向こう側に子規の記念グッズを売るお店がある。 そこで絵葉書の何枚か購入、ベトナム話でえらい盛り上がった。 子規庵の向かい側には、「中村不折書道記念館」がある。ついでにここにも伺う。 書のことは何もわからんけど、見てるだけで面白い。別館に入るとこれまた、 北魏の時代のやろか仏像、石碑のコレクションが素晴らしい。こんなんどやって 手に入れたんやろか? 資料によると子規が従軍記者として中国に行ってたとき、不折も行ってたらしい。 その縁で手に入れたんやろか? で、ちょっと一服したついでにネットにつないで台風情報とメールを見て見る。 台風は順調に近畿の向かって進んでるらしい。心配やなあと思いつつメールを 見ると、航空会社からキャンセルの案内が来てるではないか。 これはいかんどうしよう。 わかってたはずやのに直面してから焦り始める。 とりあえず東京駅まで戻って荷物を受けだして考えよう。 新幹線で帰るか? 明日まで待って飛行機で帰るか? 何にしても一旦航空会社に電話して状況を聞いてみよう。キャンセルチケットが どうなるかもわからへん。しかもわしの場合はマイルを利用したやつなんで制約もある。 今更やけど気持ちは焦ってきた。電話はつながらへん。 もう諦めて新幹線のチケットを買おうか? でももうちょっと頑張ってみよう。 受付には繋がってるけど、対応の順番待ちだ。こんな状況やから問い合わせが殺到 してるんやろ、我慢、がまん。 小一時間ほども、「・・・暫くお待ち下さい・・・・」を聞いて、やっと繋がった。 今からやと、15時30分のが取れるらしい。今で13時前だ。それなら余裕で空港まで 行ってのれる。しかし、ゆっくり飯を食ったりする暇はない。 まあよかった。とにかく空港に行こう。

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たまには東京遊、嵐の前に「東京駅」へ。

東京へ行くといのは滅多にないことだ。旅行は大好きやし、国内旅行も大好きだ。 そやけど東京へは滅多に行かへん。何でやねん? わからん? 意地を張ってる訳ではない、機会がないだけなのだ。 で、たまたま機会があった。姪の結婚式に招待されたのだ。これは行かんとしゃあない。 それは土曜の夕方なんで、ついでに1泊したら、美術館に行ったり、ご飯食べたり できるやんか、これは楽しみやね。 勇んで東京に行ったら朝から台風の上陸予想、直撃どころか、帰る日は近畿圏上陸の恐れ。 えらいこっちゃ、どうなるんやろ。 結婚式は無事済んで一夜明けた。まだ航空会社からキャンセルの案内が来ていない。 フライトは19時20分最終だ。ちょうど台風が大阪に近づく頃やけどもしかしたら 間に合うんやろか? とりあえず、予定通り行動してみよう。 というても調べてみたらこの時はどこの美術館、博物館も展示替えの中間時期で、 殆ど開館していない。 なんやおもろないなあ、ということでとりあえず東京駅を見に行く。実は今頃になって 新東京駅をまだ見てなかったのだ。なんてお上りさんなんやろね おっとその前に、虎屋に行って東京駅記念パッケージに入った羊羹を買わんとあかん。 急ごう。 えらい雨だ。右往左往するけどようわからん。駅のインフォメーションのお姉さんに聞いたとおり 行ってるはずなんやけど、で、しょうがないから電話してみる。なんや一旦外に出て ステーションホテルに入ってから南ウィング2階に行くらしい。なんせ、そこに ある「トラヤ トウキョウ」って言うレストラン兼売店でしか売ってないらしいのだ。 京都の本店にももちろん売ってない。 たかが羊羹、されど羊羹。中身の羊羹は同じなんやけどパッケージに東京駅が 印刷されているまあ言や、おしゃれな、ちっちゃな、そやから値段的にも手頃な やつなのだ。

で、まあジタバタしたけど無事ゲットした。 では、ゆっくり駅舎を眺めよう。

なるほどリニューアルされてレンガが美しい。

まるで昭和に戻ったみたい。

こういう感じは残して欲しい。昔は出張で東京駅にきたことも多かったけど、駅舎を 見ようと言う気が起こらへんかった。こうしてみるとやっぱりええやんか。大阪駅は 昔からこういう駅舎がないんで残念だ。 ところで、これからちょっと移動するけどスーツケースを持って歩くのは面倒やし、 どうせ又ここを通るやろから駅に預けていこうとした。ロッカーなんてどこにでも あるやろと簡単に考えてたら、どこに行ってもロッカーは使用済みばっかり、今や 年がら年中旅行シーズンになってしまったんでどこも満員なのだ。ロッカー付近は 外国人観光客がひしめいている。 えらいこっちゃこんなんは今日だけの現象なんやろか?それとも毎日やろか? 東京だけ? 大阪や京都でもこんなんやろか? 予想してなかっただけにショックが大きい。で、駅のインフォメーションで相談 すると、荷物預かり所があるそうだ。急いでそこまでいくと、やっぱり長蛇の列、 それでも順番を待てば預かってくれる。荷物1個600円、小さい袋をくっつけたら 2個に計上される。めんどくさい。けど、しかたなく順番を待ってやっとスーツケース 1個だけを預け、一応身軽になって、では、JR鶯谷駅に向かおう。 それにしても恐るべし、日本の観光事情、予想もせんかった。京都、大阪だけやなくて 東京も中国語系の観光客が駅構内を埋めている。 […]

時々奈良遊、奈良県立美術館へ「不染鉄」展を見に行く。

最近、京都では結構でかい展覧会が始まりそうだ。絵も国宝や、超名品が沢山でる ように聞いている。すごいなあ。行きたいなあって思わんではないけど、あの行列を 考えるといやになる。2時間も3時間も並んで入る順番を待って、入ったら入ったで ちびちび進む列のあいだからチラチラ見るだけ。長居はできない。下手したら他人の 頭越しにちらっと覗くだけ。消化不良も甚だしい。しかも大抵の名品は見たことがある。 しかもゆっくり見たことがある。そんなやったらやめとこなんて思っている。 しかし、いい絵をじっくり見る機会は欲しい。そんな気分の時に、昔からの友人が FBに奈良県美術館で「不染鉄」展をやってるよってアップしてた。何それ?って、 わしは恥ずかしながら不染鉄なんて人を全く知らんかった。ちょっとネットで見て見た けどようわからん。ポスターの絵を見る限りはなんだか面白そうだ。 巨大な風景が俯瞰されて幻のように浮かび上がっている。詳細なようで、幽玄なようで、 繊細なようで靄もやのようで、とても気になる。 百聞は一見に如かずと言うではないか、とりあえず行ってみよう。 1 平日の近鉄奈良線は空いている。観光客もそれほどはいない。しかし、奈良駅に 着いてみると結構観光客が多い。特に欧米系の人たちが多いんではないやろか? 駅の改札や案内所に行ってどんどん質問してはる。こんなのええなあって思う。 外国にむかってどんどん開かれている。あんまり英語を苦にせんと相手できるように なってきてる。相手さんもあきらめんと食いついてくるようになってきてるようだ。 距離がどんどん縮まってきてるようでとてもええ感じだ。 天気はええし、心は穏やか、お昼ご飯はとても満足やったし、観光客が少なめの 奈良公園あたりを歩くのは気持ちが良い。 じきに県立美術館に到着する。

おや、入場料フリーって書いてある。しめしめ。 おや、待てよ、外国人だけではないか。中国人か台湾人のふりをして行ってみようか? 中国語で喋る振りしたら行けるんとちゃうやろか? やっぱり、それはせこいなあ。やっぱりちゃんと払おう。 で、中に入る。 おおっ、1点目からすごいやん。想像と全然違った。 墨の濃淡を大胆に使った大作だ。こんなんええなあ。すごいなあって感動する。 朦朧体とか片ぼかしの技法を使ってるっていう。 そして奈良の風景、唐招提寺や薬師寺のあたり、農村の中にとけこんで立つ寺院と 塔、農作業をする人たち、日暮れて家で憩う人たち、人と自然が見事に描かれている。 不染鉄が過ごした漁村や、農村、何気無い風景が、巨大な画布の上から立ち上がって来る。 極端に少ない色と線、思い切り迫って来る墨の濃淡。 こんなん描きたかったんやって思う絵が沢山ある。

それに、画賛が良い。よくあるような漢詩や漢文調の漢字文ではなくて、 普段の言葉であったり、簡単な散文、詩文であったり、普通の日本文で綴ってる のがとても好感がもてた。誰も読めない漢語を、今となってはよその国の言葉を 勿体ぶって並べるよりは、今の世の中で生み出す芸術なら今の世の言葉を使うべき ではないかと考えるからだ。 同じように、登場人物も昔の人ではなくて、今の人の姿であるのが好ましい。 かなりのスペースでかなりの作品を展示してるけど、見飽きることはなかった。 それより、是非、帰って絵を描くときの参考にと画集を買ってしまった。

ただ、帰ってよくみたら、当然かもしれんけど画集から伝わってくるものと、現場で みた感動とはかなり違う。墨の微妙な変化は印刷で表すのは難しいんやろと思う。 それでもよかったなあって思った。 しばらくは影響されまくりかもしれん。

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ありがとうございました。

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熊野古道、小辺路の旅08ー熊野古道、小辺路踏破を断念して帰る。

安心して一息ついて、ご飯を食べてるとお婆ちゃんが、「これ私が出てるよ」って ビデオを見せてくれた。NHK、BS番組でこのあたりに取材に来た時のやつだ。 お婆ちゃんやその友達が可愛く写ってる。 小辺路ってええなあ。またゆっくりスケッチ旅行に来たいなあって思う。 それで今回はこの先どうするか? 3人で相談したと言うか、暗黙の一致というか、ここでリタイアしようという事だ。 体調が悪い人だけリタイアして続ける。あるいは明日のコースは一番楽な行程や からとりあえず頑張ってみる。3つの選択肢はあるけど、やっぱり3人揃って下山 しなかったと言う基本的なことを守れなかった反省がとても強い。 残念ではあるけど明日は3人揃ってリタイアしてまたリベンジする機会を作ろう。 リタイアは簡単だ。あさ6:30のバスにのれば都会に帰れる。 では出発まで民宿のあたりを散歩して行こう。

山は緑が深くて綺麗な杉林が鬱蒼としていてとても気持ちが良い。 過疎と雖も人が住んでいないわけではない。

それなりに暮らしがあるようだ。 しかし、小学校はすでに廃校になってしまってる。

残念ながら昔日の面影を残すだけだ。

ええ村やなあって思う。なくならんで頑張って暮らしてほしいなあ。

因みに昨夜の晩御飯はとても美味しかったし、朝ごはんも美味しかった。しかし、 色々ジタバタしたんでカメラに撮る余裕をなくしていたようだ。 朝ごはんの時に納豆が出たんでフランス人はどうするか見てたら、どう食べるか 悩んではった。こないやって混ぜて食うんやって教えたら、やってみるってにっこりした。 あとでどやったってきいたら、顔をしかめてた。 まあ、むりやわなあ。 バスはあのトンネルからやってくるらしい。

ダム湖を抜けて、

谷瀬のつり橋のあたりを通り過ぎて、乗り換え地点についた。

あっちのバスに乗り換えるらしい。所謂地域循環バスみたいなやつだ。

乗り換え地点の村の様子。

急に歩かんでようなって、気が抜けてぼんやりしてしまった。 うとうとしてるうちにJR五条の駅に着いてしまった。

わしらの熊野古道、小辺路の旅はこんな風に終わってしまった。 また、リベンジの時によろしく。

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ありがとうございました。

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熊野古道、小辺路の旅07ー「農家民宿 政所」にて。

三浦口バス停という本日の目標地点に着いた。ここに着く1時間くらい前に山道を 歩いていたら携帯電話が鳴った。こんなとこでも電波が届くんかと訝ってたら、 本日泊まる民宿からだった。かなり遅いんで心配してたみたいだ。あと30分ほどで 着くよって軽く言ったけど結局1時間かかってしまった。 下の景色が見えてからも、あまりの疲れで一気に降りることはできへんで、一息 ついてしまったりしてゆっくり降りたのだ。舗装道路まで降りてしまったら、何と 嬉しい事に「農家民宿 政所」の方が迎えに来てくれてた。 「2人ですか?」、「いや1人は遅れてるんで、1時間ほどしてから来ます。」なんて のんびりした答えをして、とりあえずわしらは民宿まで運んで頂いた。

やれやれ疲れた。とりあえず風呂に入ってビールを飲もう。後1名もその内到着 するやろ。着いてしまったら、この身を100%緩めて大開放だ。固まった体で ロボットみたいに歩きながらも寛がせていただく。 このお宿、ようみたら由緒正しいお家なんとちゃうやろか?

表の門は県の有形文化財指定って書いてある。 お家も結構いい感じで古びている。中はもっといい感じだ。

家の近くには平維盛の墓があるという看板がある。本物?

そして家の裏山にはそれを祀ったお社も。

当に平家の落人の村ではないか。 熊野古道界隈には平家の落人の何某とか、南朝の末裔の何某とかいろんな歴史には 事欠かないようだ。 で、わしらはこんな風にのんびりと散策してた訳ではない。 これはあくる日の出発前にあたりを散歩してわかったことなのだ。 風呂から上がってビールを飲み始めたら、宿のお婆さんが聞き始めた。 「何で友達一人で山に置いてきたんや。」 うろたえながら、「あいつは大丈夫やから先に降りてきたんや。1時間ほどしたら 絶対降りてくるから。」 「降りて来んかったらどうすんのや?、懐中電灯は持ってるんか?」 怒ってるんではないけど心配そうに聞いてくる。 「懐中電灯は持ってへんかもしれんけど、大丈夫やから。」 「大丈夫、違ごたらどうすんの? もう山は暗くなり始めてるよ。」 たじろぎながら、「いや、多分大丈夫やから・・」 「そやったらええけど、毎年誰かが事故を起こすんやで、道間違えたり、転落したり、 死ぬ人もいてる・・・」 だんだん不安になってくる。 お婆さんはあちこちに電話をかけまくってる。 「・・・・・・・、てなわけで、置いてきたんやって・・」 わしらもだんだん不安になってきた。いたたまれへんようになってきた。 先についていたフランス人も、やっぱり同じ宿やった、心配そうだ。下手な英語で 説明する。 晩御飯の準備もできて、「先に食べたら?」って言うけど、喉をとおるわけがない。 そのうち19時になった。迎えに言った宿の人からも着いたという連絡はない。 「20時になったら消防団に連絡するから」ってお婆さんは言う。今晩は捜索できへん けど明日朝からそうなるからって。 「様子見に行ってきますわ。」ってわしらも立ち上がった。のほほんとは待って られへん。登山口まで行こう。みんなで歩いて行こう。お婆ちゃんもフランス人も ついてきてくれた。 しばらく歩いてると、携帯電話が鳴った。「おったよ。帰ってきたよ。」と言う […]

熊野古道、小辺路の旅06ー三浦峠へ向かう。

どうなったんやろ? わしかて気になる。同じ方向、さっきの小屋を目指して 歩き始めた。向こうに、探しに行った友人が見えてきた。戻ってきたのだ。 やっぱりおらんかったか? がっかりしかけたら、「おったで。」と言う。 やっと3人合流できた。一遍に気力が萎えそうになる。それになんでこうなったんか とても気になる。聞いて見ると、彼は小屋があんまり貧弱やったんでトイレかなんかの 仮小屋で待ち合わせ場所はもうちょっと先やと思って行き過ぎたらしい。その直後に わしらが到着したということだ。わしらが探してるあいだに彼はどんどん先に行って、 やがてつぎの道しるべ、「旅籠、上西家趾」というとこまで着いてしまって、これは おかしいということで引き返して来たのだそうだ。何にしても無事を確認できて ほっとした。 元気そうやし、無事やし、これでよかったと思うと欲がでた。 今で14時過ぎ、最初はもう戻ろうって決心してたけど、それは会えないというのが 前提やったんで、考えがぐらつく。行程はあと2/3弱くらい残ってるけど、 殆どが下りに違いない。このまま先に進んでも18時頃には着けるんちゃうやろかと 思う。それやったら行った方がエスケープするにも先に進むにも選択肢が多い。 頑張ってみようかって相談がまとまった。 ここからは一気に下る。登りもしんどいけど下りもしんどい。

途中から急な登りになる。これまたこたえる。やっと「旅籠、上西家趾」に着いた。

熊野古道が現役やったころ活躍した旅籠らしい。栄枯盛衰、今は昔の物語だ。 三田谷・五百瀬まで120分か、これやったら意外に早よ着くかも、なんて期待する。 現実はそんなに甘くはなかったというのは後でわかる。 ここで15:00。

やはり体調が悪いのか1名は大分遅れてる。大分待ってやっと姿が見えた。 遅れる人もしんどいやろけど余裕をなくしてると待つのもしんどい。

15:30頃、姿が見えたら先に進んでしまう。多分待たれる方も気をつかうし、着いたらすぐ 動かんとあかんし、余計疲れると思う。

ここからはしばらく急な登りだ。やっと登りきったら延々と下りが続く。簡単には 距離を稼がせてくれへん。この先も下りきったら終わりではないはずだ。 やっと水ケ元(茶屋跡)に着いた。

このへんでもう16時になっている。

この辺までくると3人合流せんと歩き出されへんという感覚がもう鈍ってしまってる。 どうせ待つんやったら最後まで行ききって待っても同じやんか、細かく待っても お互いにしんどいだけやんかと思う気持ちの方が強くなってしまう。今までなんども 自転車で旅行したときもそういう感覚で、最後には最終地点で待ち合わせという事が 多かったんでそういう感覚が身についてしまってたのだ。しかし、平地と山とは違う ということをよう考えとくべきやった。 とにかく合流をあんまり気にせんと先に進むようになった。 ここからは又急な登りが続く。堪忍してくれって思う。もう写真をとる気力もない。 大きな峠を登りきったら又下りだ。延々と下る。 あたりはすこしずつ薄暗くなっていく。 大分下まできたかな?

何となく下界がざわついているような?

地図にものってる道しるべ地蔵さん。

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