熊野古道の旅ー09.海が見える舟見茶屋跡へ

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道は段々険しくなって登りが続く。石段も不揃いで苔むしているのが、千年以上もの歳月をかけて
踏みしめられてきた足の跡を思わせる。結構歩きにくい。
「こんな大っきな石って自然にここにあるとはとても思われへんなあ」
道端にところどころ大きな石が転がっている。意図的に置いたとしか思えないがその意図がよくわからない。
どっからか切りだしてきたとしても運ぶのが大変だったろう。
頃会いをみて割って石段にするのか?
道祖神の代わりに置いたのか?
そのままその場で丸くなり、苔むして時間が流れて来たのだ。

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「石段を登ったら、ゆるい土道になり、又石段があらわれる」の繰り返しだ。汗をかきかきなので暑くなってきた。
ちょっと服を脱ごう。
「地図見たら、大きな登りはこれだけかも知れへんで」と言う声にすっかり安心して甘くみてしまった。
しかし、これは後でおおきな思い違いだったことを思い知らされることになる。
斎藤茂吉が、「紀伊のくに大雲取の峰ごえに一足ごとにわが汗はおつ」と謳った大雲取越はこんなもの
ではなかったはずなのだ。それは後でわかる。
とりあえず、こつこつ登る。「あの先曲がったら終わりやで」を何度か繰り返していると右手に視界が開けた。
「舟見茶屋跡って書いたあるで」看板を見つけた。道から右手に休憩所が見える。
「ちょっと休憩していこう」ほっと一息だ。
宿で詰めて貰ったお茶を飲む。
遠くに海が見える。舟も見える。綺麗な景色だ。
大雲取越で只一か所だけ海が見える場所だそうだ。
正面の小さな山が妙法山らしい。

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要するにここいらあたりからが霊界ということなのか、死者の霊魂はまずこの妙法山阿弥陀寺に参ったあと、
この大雲取を越えて死出の山路に向かうという言い伝えがあるらしいのだ。
遥か海を見下ろすと、那智の海が見える。
補陀洛山寺の渡海舟が出たところだ。
こちらは死出の海路ということだ。
鈍感な私には霊気はわからないが、手を合わせて震災の復興と亡くなられた方々のご冥福を心からお願いしよう。
そう言えば最初に寄った串本の無量寺も昔大きな津波被害(多分南海大地震)を受けたあと復興事業の一環して
応挙などに画の製作を頼んだと聞いた。
私は和歌山生まれの和歌山育ちだから、昔あったという津波の被害は知らないまでも、台風の時の川の氾濫による
水害の恐ろしさは身にしみついている。小さな頃、よほど大きな台風が来て、近くの川が氾濫し、それを見ていた
私達の眼の前を上流から流されてきた家の屋根で助けを呼ぶ人の姿があっても誰もなすすべがなかった時の事を
何十年たっても忘れる事はできない。
子供の頃は毎年台風が来るたびに雨戸を打ちつけた家の中で家族が身をよせあって、前住の人の時についた天井すぐ
下にくっきりとある水害の跡をながめながら体を固くして行き過ぎるのを何時間も待っていたものだった。
それから何十年もたってそういう水害や台風の被害もだんだんと少なくなりつつあるのかなと思っていた頃、
阪神大震災があり、各地に集中豪雨や震災があり、今回の東日本大震災だ。
自然の力はすさまじく恐ろしい。
一瞬であらゆるものを根こそぎ奪ってしまった。今の映像は胸がつぶれるばかりだ。
しかし、かならずこれに堪えて立ち直れると思う。日本人はすばらしいのだ。
私も何かしたい。何ができるか改めてよく考えてみなければいけないと思いました。

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