コロナ日和の日々、妄想の旅に出る。V国へ、H市からF市へ列車の旅−25、華麗なる王宮跡。

コロナ日和の日々、妄想の旅に出る。V国へ、H市からF市へ列車の旅−25、華麗なる王宮跡。

華麗なる王宮跡。

まず巨大な門をくぐる。階上に2層の屋根があるとても立派なやつだ。中国の天安門を思わせる。
通り抜けると広大な敷地のあちらこちらに御殿がある。ほとんど中国で見る御殿と同じようである。
どうも北京の紫禁城に似せて作ったんではなかろうか。というか、中国の宮殿の配置って
ある種の決まりがあるんやろか? 知らんけど。
それに倣って造ってる?
もちろん、平城京や平安京もそういう様式で造られたらしい。そういう意味では驚きも
違和感もない。
少し違いがありそうなのは、屋根が低い、間口がとても長いのに低い屋根ってバランスが
よくないというか巨大感がないようでもあるけど、広大な宮殿には似合ってる。

その代わり、2階建、3階建の建物もある。どれもいろんな装飾がついた反り屋根で
その装飾も透かし彫り的ものが多く、龍や魚や鳳凰やめでたい題材がいっぱい。
仙人や将軍みたいな人体形もある。柱や壁にも様々な装飾があるし、色も美しい。
とても精緻で凝ったものだ。こういう文化があったということが素晴らしい。
さすが世界遺産、観光客が多い。特に欧米系の人に人気があるらしく英語やフランス、スペイン語
らしき言葉を喋るガイドさんに引き連れられた小グループがたくさんいてる。
どの建物も古びてはいるが当時のものではない。このあたりは、米国との戦争の時に
空爆を受けて一旦は廃墟になってしまったらしい。
残った建物と瓦礫をベースに修復が行われ、今も進行中らしい。
本家中国やったら、もしかしたらさっさと新しいやつを作って、それの古色をつけて
はい出来上がり、大きな石をおいて漢字を彫り込んで昔から存在した史跡のように
してしまうんやろなあって思う。
わしの気持ちとしては、不完全ながらも当時の材料を拾ってきて繋ぎ合わせて、無いとこは
足すにして、不細工さが目立ったとしても本来の心を伝えているようなものにしてほしい
ところだ。アジア各国の歴史資産の復元はそんなスタイルが多いのが嬉しい。
ということであちらこちらで足場が組まれて工事をしているところがある。
とてものんびりした工事に見える。暑い国やからかなあ。見てるこっちもとても暑い。
見てるだけで疲れる。
ガイドさんに連れられてあちらこちらと巡っていく。
あれが大極殿、これがなんとか殿、こちらがかんとか殿、いろいろ教えてくれるけど
あんまり実感が湧かへん。
何故かと思ったら、この国のこの時代の歴史を全く知らへんからではないかと思う。
この王朝、この地に民衆と共に繁栄して豊かな文化を築いたという話はあんまり聞かへん。
わしが物知らずなだけなんやろか?
最初は清の属国?
隣国のラオスやカンボジアには偉そうにして、中国にはヘコヘコする、せこい王家やったんか?
最後はフランスの支配下に?

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