コロナ日和の日々、妄想の旅に出る。V国へ、H市からF市へ列車の旅−23、修行僧のいる寺へ。

コロナ日和の日々、妄想の旅に出る。V国へ、H市からF市へ列車の旅−23、修行僧のいる寺へ。

修行僧のいる寺へ。

王宮跡から更に西の外れに古びた寺院がある。
船をおりると、ちょうど寺院の正門の階段だ。石段を少しずつ登る。両側に床しい花が咲いている。
良い香りだ。門を入るとすぐに塔がある。えらく高い。7層ある。
まるで中国式の仏塔だ。よくある教典を保管するような、大雁塔、小雁塔みたいな形の
ちょっと細めのやつだ。形は八角形を積み上げたような、ちょっと変わってるけど品が良い。
鐘があるけど鐘撞堂ではなさそう。
ここからずっと奥の方まで真っ直ぐ、一直線の石畳の道が続く。両側には同じように
優しい姿の植物が植えられていて、花が咲き乱れている。
心安らぐ風景だ。そのまま奥に進む。
お寺と言うよりは、東屋風の建物が両側に立ち並んでいる。
小ぶりでとても地味な建物であるが、規律と清潔さが漂っているようだ。
どうやらここは修行僧が寝泊まりするところらしい。

もう少し行くと、修行の場所もあった。僧の姿がちらほら見える。僧の姿はラオスや
ミャンマーで托鉢する僧が有名やけど、ここでは似てはいるけど服の形や色が少し違う。
日本の僧とはまるで違う。戒律も違うんやろか?
大乗仏教と小乗仏教の違い? 知らんけど。
皆さん真面目に修行に励んではるみたいだ。
ガイドさんがわしを連れて行ったのはある記念館だ。
かのアメリカとの戦争の遺産なのだ。
その当時、ある高名な僧侶がなんとガソリンをかぶって焼身自殺したのだ。
この事件は当時、全世界を駆け巡った。わしが若かりし頃の話だ。
ジャーナリストもカメラマンもこぞって戦場に馳せ参じて名を挙げようと
してた時代。それでも今みたいな凄惨な自爆テロみたいなんが無かった時代。
当時の報道写真、炎をあげる僧侶の姿、その後ろに車が写ってる有名な写真と
その車などが展示されている。
それから何十年? 世の中は変わったしわしの心も擦り切れてる。
申し訳ないけどあんまい感慨は湧かへん。
先に進む。
このお寺、やっぱりとても地味な感じがする。立派な仏塔や鐘撞堂、本堂、みなバラバラで
一体感がないような? お寺と言うより学校みたいな感じでもある。
一生懸命写経をしてはる僧たちが見られた。
子ども僧もとても多い。事情があってここに来る、来ざるをえない子どもたちも多いようだ。
彼らは独特な髪型をしてる。昔の中国の絵にでてくるような、いわゆる唐児(からこ)といわれた姿、
髪の毛の一部を残して剃り上げるというやつ、奇妙な格好をしてる。
これにどんな意味があるのか、どんな歴史があるのか、さっぱりわからん。
男の子と女の子では形が違うようだ。
周りには植物が一杯。派手ではないが花が咲いて、木々の緑が濃い。
修行の場は静謐感が漂ってとても良い。
わしの汚れた心も癒されそうだ。
とても優しい時間が流れていた。

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