コロナ日和の日々、妄想の旅に出る。V国へ、H市からF市へ列車の旅−22、クルーズ船に乗る。

コロナ日和の日々、妄想の旅に出る。V国へ、H市からF市へ列車の旅−22、クルーズ船に乗る。

クルーズ船に乗る。

さて、次はクルーズ船に乗る。
この街はほぼ東西に流れる川を挟んで北側にはでっかい宮殿跡があってその周りが
旧市街になっている。南側が新市街ということらしい。王宮跡の南側からその川を上流に向けて
数キロ遡り、王宮の西側にある古刹寺院を見学して帰ると言うコースをクルーズしようというのだ。
簡単に言えば遊覧船に乗って移動するだけだ。まあええけど。
ところでクルーズ船といえば、よくある外洋に船出して、様々な国を巡っていくというような
リッチなやつは経験ないけど、思い出に残るやつがある。
三峡クルーズというやつだ。長江の上流の方、最近富に話題が大きい武漢市の近く、宜昌という
港から川を遡って重慶近くまで行く。1泊して元にもどるという旅だ。
これがすごかった。数百人は乗れると言う船に最初はわしと友人の2人だけが客だった。
途中から日本人が14、5人乗ってきたけど、ほとんどわしらの独占状態であった。
それで何がすごかったかというと、日がな一日、朝から晩までずっと河を見てただけであって。
黄色く濁った大河の果てしない流れをいけどもいけどもほとんど同じような景色を
えんえんと見続けてたけど、何故か不思議なことに見飽きへん。
聞こえるのは水の流れる音だけ、時々、この大きなクルーズ船が前をいく小さな船に
さっさと道をあけろと言う、汽笛の音が混ざるだけ。ノンビリしたものだ。
何も考えんと甲板の上の椅子に座って進行方向を見てるだけ。悠久の流れ、悠久の風景、
悠久の歴史・・・何を考えてたんやろ?
何故かわからんけど心が洗われたような? 眼から鱗が落ちたような?
大きな錯覚かな?
とにかくええ経験であった。
今回はどうか?
クルーズというても川に沿ってなにか見所があるかと言えば、特に何もないように思う。
それならば、また、川の流れを楽しみながらゆらりゆらりと漂っていけたらええなあと
期待していた。

ところが大違い。
ガイドさんと2人で乗り込むと家族が待っていた。ご夫婦と小さな子供。
そして船室の奥に案内される。そこにはお土産工芸品が待ち構えていた。
もうええちゅうのに。
1人やから逃げようがない。商品を手に取って懇切丁寧に説明してくれる。
わしはゆっくり外を見ていたい。しかし、つぎつぎと商品が出てくる。
工芸品やら、絵やら、いかにもというモンばっかりだ。
もうええ。
しかし、面と向かって丁寧に話しかけ来ると無碍にもできへんし、困ったもんだ。
しかも言葉が通じてるわけでもない。
とうとう強引に打ち切って座席に戻った。
ガイドさんも何か説明してくれるわけでもない。
流れる風景を勝手に見てる。
見るのは右側、旧市街側、雨も上がってきた。旧王宮跡の建物がずっと見える。
それほど大きいのだ。後で行くのが楽しみだ。
腰掛けてからいくらもしないうちにもう着いた。
目の前にお寺の階段がある。中国式の塔が見える。
船を降りよう。

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