九度山暮らしのある日、ある日、突然、ガン患者になってしまった話−16、眼鏡をかける暮らし。

九度山暮らしのある日、ある日、突然、ガン患者になってしまった話−16、眼鏡をかける暮らし。

眼鏡をかける暮らし。

振り返れば癌が見つかって、入院して手術してとバタバタ暮らしがあっという間に
過ぎてしまった。体の動きはなんともないんで病気なんか跳ね除けたとよろこんで
いいのかどうか? お腹に空いた手術の穴は日が経つにつれて塞がっていってカサブタも
とれていってなんとなくなくなりそうではあるけど、ズボンをはいてベルトを締める
暮らしをしてみると時々チクチク痛むんで無理をしたらあかんのやと理解できる。
中の方の傷はどうなんやろ、胃の残り3/1をつなぎ合わせた見えへんとこやからさっぱりわからん。
傷口は無事癒えてるんやろか? 胃の機能は回復あるいは、残った部分で補完しつつ
あるんやろか?
食った具合で判断するしかない? 食いすぎて傷口が裂けたらどうなんのやろ?
心配やんか。
もう2ヶ月やからまず大丈夫やろか?
消化機能は?
いろいろ気になるけどなんとか暮らしていける。
それはともかく、こういうことが起きたのも長い間無意識に使い放題してきた体の
ことをちょっとは考えんとあかんのやと反省も起きる。
気になるところは手を打っていこう。
そう考えると、目の疲れが気になる。夜になると目が疲れきってるのに気がつく。
長時間車を運転するととても疲れる。
パソコンに齧りつく暮らしがそうさせてるんやとは思うけどどうにかなるんやろか?
無駄かもしれんけど一回医者に行ってみよう。
いろいろ調べてもらった。とっかえひっかえレンズを入れ替えても調べてる。
「何時頃から疲れやすくなった?」と聞かれ、「数年前からかなあ?」
「そんなはずはない、何十年も前からのはずや」と先生が言う。
結論は遠近の眼鏡をずっとかけたらよいのではないかということだ。
今までは本を読んだりパソコンを見たりするときだけ中近の眼鏡をかけていた。
どうも普段の生活が裸眼では具合があってないと言うことなのか?
医者がセットした眼鏡器具をつけてみるとたしかに楽なような気がする。
気のせいかもしれんけどええかもしれん。
ならば眼鏡を買ってみよう。
折角やから眼鏡も拘れるもんならこだわってみよう。
何かええのんないやろか?
値段はいくらでもええというわけにはいかん。年金暮らしで手に入るレベルのやつだ。

てなことで買ってしまった。
色も形も結構気に入ってる。あんまり目立たなさげなのがええと思ってる。
度数は医者の処方通りだ。

かけても他人さんはどう思ってるかわからんけど自分自身にはあんまり違和感は感じられへん。
眼鏡付け始めたんやけどって言うても気が付かへん人も多い。あんまり他人の事は
気にしてへんのだ。
なによりも良いのは、結果的にとても楽になったことだ。
夕方になったらかならず目が疲れてとても辛かったのが嘘のようになくなったし、
車を長時間運転しても目が疲れることは少なくなった。
日常的に眼鏡をかけてるという若干の違和感はあるものの、本をよんだりパソコンに
向かったり、絵を書いたり、そんなときにも普段の眼鏡のままでなにもしなくても
良いということはかなりにストレス減になるというのがようわかった。
これでええやんか。
しばらくこれで暮らそう。
あかんとわかるまではこれでいこう。
眼鏡なし爺さんが、眼鏡爺さんになった。
胃がなくなって、眼鏡が増えた。
プラスマイナスどうなんやろ。

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ありがとうございました。