中国、廬山&安徽、文房四宝の旅−49、安徽、績渓県、石家村の魚釣りおじさん。

中国、廬山&安徽、文房四宝の旅−49、安徽、績渓県、石家村の魚釣りおじさん。

安徽、績渓県、石家村の魚釣りおじさん。

さて、石家村に入っていく。
路地の途中で釣り竿らしいモノを持って歩いてくる人に出会った。

これはええ感じだ。
「何すんの?」、「どこ行くの?」
やっぱり釣りに行くらしい。 俄然皆、興味津々だ。
「魚釣れるの?」、「何の魚?」
近くに小川か、池があるらしい。
来る時に渡った疎水ではなさそうだ。
魚はとりたてて名前があるようなものではなくていわゆる雑魚みたいなものらしい。
餌はこれやでって見せてくれた。ミミズみたいなやつだ。

「ここから歩いてどれくらいのとこ?」、しつこく聞くけどなかなかはっきりとは
言わない。
ついてこられそうな雰囲気を察知したんかもしれん。わしらも近くなら行って見たい気が
してる。それで、しきりに色々聞くもんやからますます警戒されはじめた。
場所だけ聞いといて、ここの見学が早く終わったらそっちの回ろうかとも思ったけど、
はっきり言わへんからわからへん。まあ、魚釣りの邪魔はされたくないって誰でも
思うことやからそれはしかたない。
それに、どうしても魚釣りに興味があるというわけでもない。外国ではどんな感じかなって
興味本位の好奇心だけなのだ。
中国では、「漁樵耕読」っていう4文字熟語かどうかはしらんけど、言葉があるらしい。
古い村に行くとそういうことを書いた書がかけてあったりしてさすが文字と文化の国やと
思ったりする。その意味は何かというと、隠遁して、魚を獲る暮らし、木を切る暮らし、
田畑を耕す暮らしをしながら読書(学問)をするというのが仙人になる道、聖人君子の
とるべき生き様、文人の理想の姿、なんてことらしい。
てなことでわしらも漁やら畑仕事が気になったりするんやろか?
仙人になるのはもうすぐかもしれん。
しかし、今回はあきらめて先に進もう。

なかなかええ感じの村の中だ。

閑話休題。

話はころっと変わるけど、ここに来るまでの途中で気になることがあった。
今回は安徽省の田舎の方をチャーター車で回っているんやけど、田舎とは言え、今は
中国も高速道路網が発達してどこへいくにもかなりの部分を高速道路で行ける。
そして、所々にPAがある。そやからわしら老人旅行者もトイレに困ることがなくなったのが
とてもありがたい。
つい先程、ここに来る途中で、そういうPAに寄った。トイレのかたわら売店などを物色してると、
時には面白いお土産モンなんかが売っててつい買ってしまうこともあるんやけど、店の中や外を
犬が出たり入ったりしてる。どうも片目が怪我で見えなくなってるらしく動きがぎごちない。
お客にしきりにつきまとって食べ物をもらったりしてる。誰かが連れて来てるわけでも
なさそう。かと言ってお店の飼い犬という風でもない。
聞いてみたら旅行者が置いていったのだそうだ。
なんて酷いことをするんやろ?
不具になったら捨てていくんかい?
これはどこの国がとか、国民性がとか言う問題ではないと思う。
個々の問題だ。
店の人が良い人でなんとなく置いてやってるからええようなもんの、すぐに野垂れ死に
するか野犬になってしまう。可哀相だ。
かと言ってなにかしてあげられるわけでもない。幸多かれと祈るだけだ。

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ありがとうございました。