大阪、国立文楽劇場、「勘緑x山下洋輔」(「巡礼鶴泪子守唄」、「山下洋輔x勘緑session」)に行く。

大阪、国立文楽劇場、「勘緑x山下洋輔」(「巡礼鶴泪子守唄」、「山下洋輔x勘緑session」)に行く。

さて、日本橋でオタクを堪能したんで国立文楽劇場に向かう。丁度ええ時間だ。
開場してしばらく、開演待ちの時やからゆっくりトイレに行って席について待っていれば良い。
しばらくしたら座席後ろから人形たちが賑やかに登場した。
そして、幕が開き勘緑さんが登壇して阿波農村舞台の人形浄瑠璃などについての紹介が
始まった。
淡路島や徳島で昔から人形浄瑠璃が盛んで、その伝統をつぐ人たちが今も農村で
頑張っていて村の某かの祭礼などで舞台公演を披露することがあるというのは聞いては
いたけどキチンと紹介されたのは初めてだ。
そういえばわしが育った和歌山の町でも、子供の頃は浄瑠璃なんかがあって、
祭りやなんかの時には町の公民館なんかで女浄瑠璃なんかを演っていたという記憶が
ある。その祭りの頃には田舎からお婆ちゃんがやって来てて、わしはお婆ちゃんの
お守りをおしつけられてその女浄瑠璃を聞きにお供する役目をやらされてたものだ。
それが嫌で嫌でしょうがなかったけど、そこころのお婆ちゃんの歳になって初めて
その良さがわかってきたなんて皮肉なもんと言うか、世の常というか、まあそんな
もんだ。
で、和歌山では簡単に廃れてしまったというか、祭りを巡ってドサ回りの一座みたいなのが
来てただけやろから所詮根無し草だったので、ここで紹介される八面(やづら)の村など
では地元の人達が芸を磨いて演じる、しかも人形遣いまで演るんやからそれは優れもの
なのだ。豊かな自然の暮らしの中で人形芝居を見るのはとてもおもしろくて興味深いん
やろなあって思う。機会があれば是非とも行ってみたい。
そして、第1部の「巡礼鶴泪子守唄」が始まった。
文楽オリジナルの「傾城阿波の鳴門」をリメイクしたもんやと言う。
いつも文楽を見に来たらついつい鳴いてしまうんやけど、今日はジャズとのセッションが
メインやし、大変失礼やけど阿波の農村の人形浄瑠璃やったら、本日はクールに見させて
いただこうなんてえらそうに思ってたら、だんだんと惹き込まれてしまって、
クライマックスでは大泣きに泣いてしまって花粉症で眼が痒いふりをしながら
眼をこすってたけど、そんなポーズは誰にも通じへん。
やっぱり太夫の語りと人形遣いの呼吸とそこに作り出す空気がわしらをあっというまに
その世界に連れて行ってしまうみたいなのだ。
普段の国立文楽劇場で謳う太夫さんたちはマイクを使うなんてことはあり得へんの
やけど阿波の田舎の祭りや自然の雑音の中やったらマイクを使わんと伝わらへん
のやと思う。そやからそれはそれでええんやないかと思うし、言葉がわかり易い。
舞台上の液晶表示で昔ながらの言葉を読み解くのもええし、しっかりきいたら昔の
上方言葉も字幕無しでわからんでもないんやけど、こんな風にリメイクして言葉も
わかりやすくするのは自然のなかの騒音雑音のなかで生活臭丸出しの舞台の上で
やるときには似合ってるんではないやろかと思う。
そやから自然に腑に落ちるのだ。
泣きの泪で第一セッションが終わって、次の舞台をみるとピアノが設置されている。
いよいよ山下洋輔の登場だ。

おや、知ってる曲やん? もしかしたら新世界?
ジャスにクラシックが登場するのは珍しいかも。
もちろんジャズやからテーマだけは繰り返し登場してもあとは即興演奏でどんどんと
つながっていく。
力強い。
タッチが鋭い。実に力強い。
それでいてとても叙情的で繊細だ。
バックに流れる阿波の自然と溶け合ってとても美しい。
そのあいだに時々、人形が登場する。ピアノの律動に合わせるかのようにフワフワと
浮遊してる。
音楽がボレロに変わり、人形の動きも濃密になっていく。
ピアノはあくまでも繊細に、かつダイナミックに、時々、有名な肘打ちが入る。
とても印象的なセッションだ。こういうのを農村のど真ん中で見る、聞くことが
できたらとても楽しいと思う。
これは機会をつくって是非行きたいと思う。

最後は三番叟、もちろん、即興演奏から始まる。
すごい。

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