熊野古道、小辺路の旅07ー「農家民宿 政所」にて。

熊野古道、小辺路の旅07ー「農家民宿 政所」にて。

三浦口バス停という本日の目標地点に着いた。ここに着く1時間くらい前に山道を
歩いていたら携帯電話が鳴った。こんなとこでも電波が届くんかと訝ってたら、
本日泊まる民宿からだった。かなり遅いんで心配してたみたいだ。あと30分ほどで
着くよって軽く言ったけど結局1時間かかってしまった。
下の景色が見えてからも、あまりの疲れで一気に降りることはできへんで、一息
ついてしまったりしてゆっくり降りたのだ。舗装道路まで降りてしまったら、何と
嬉しい事に「農家民宿 政所」の方が迎えに来てくれてた。
「2人ですか?」、「いや1人は遅れてるんで、1時間ほどしてから来ます。」なんて
のんびりした答えをして、とりあえずわしらは民宿まで運んで頂いた。

やれやれ疲れた。とりあえず風呂に入ってビールを飲もう。後1名もその内到着
するやろ。着いてしまったら、この身を100%緩めて大開放だ。固まった体で
ロボットみたいに歩きながらも寛がせていただく。
このお宿、ようみたら由緒正しいお家なんとちゃうやろか?

表の門は県の有形文化財指定って書いてある。
お家も結構いい感じで古びている。中はもっといい感じだ。

家の近くには平維盛の墓があるという看板がある。本物?

そして家の裏山にはそれを祀ったお社も。

当に平家の落人の村ではないか。
熊野古道界隈には平家の落人の何某とか、南朝の末裔の何某とかいろんな歴史には
事欠かないようだ。
で、わしらはこんな風にのんびりと散策してた訳ではない。
これはあくる日の出発前にあたりを散歩してわかったことなのだ。
風呂から上がってビールを飲み始めたら、宿のお婆さんが聞き始めた。
「何で友達一人で山に置いてきたんや。」
うろたえながら、「あいつは大丈夫やから先に降りてきたんや。1時間ほどしたら
絶対降りてくるから。」
「降りて来んかったらどうすんのや?、懐中電灯は持ってるんか?」
怒ってるんではないけど心配そうに聞いてくる。
「懐中電灯は持ってへんかもしれんけど、大丈夫やから。」
「大丈夫、違ごたらどうすんの? もう山は暗くなり始めてるよ。」
たじろぎながら、「いや、多分大丈夫やから・・」
「そやったらええけど、毎年誰かが事故を起こすんやで、道間違えたり、転落したり、
死ぬ人もいてる・・・」
だんだん不安になってくる。
お婆さんはあちこちに電話をかけまくってる。
「・・・・・・・、てなわけで、置いてきたんやって・・」
わしらもだんだん不安になってきた。いたたまれへんようになってきた。
先についていたフランス人も、やっぱり同じ宿やった、心配そうだ。下手な英語で
説明する。
晩御飯の準備もできて、「先に食べたら?」って言うけど、喉をとおるわけがない。
そのうち19時になった。迎えに言った宿の人からも着いたという連絡はない。
「20時になったら消防団に連絡するから」ってお婆さんは言う。今晩は捜索できへん
けど明日朝からそうなるからって。
「様子見に行ってきますわ。」ってわしらも立ち上がった。のほほんとは待って
られへん。登山口まで行こう。みんなで歩いて行こう。お婆ちゃんもフランス人も
ついてきてくれた。
しばらく歩いてると、携帯電話が鳴った。「おったよ。帰ってきたよ。」と言う
ことだ。「よかった。ありがとう。」
車で迎えに行ってた宿の人が少し登って迎えに行ってくれたら、ちょうど友人が
降りてきたとこやったんで、まずはとお婆ちゃんに電話が入ったのだった。
19時15分頃だ。1時間の遅れというわけにはいかんかったけどとにかく無事に
到着した。ありがたい。
やれやれ、皆で飯を食おう。

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ありがとうございました。