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時々福岡遊、福岡へ、大野城跡へ行く。

福岡へ赤子を見に来たとは言え、ずっと一日中見てるわけにもいかん。それなりに 飽きてくる。かといって遊び歩いてたら怒られる。近場でさくっと暇つぶしをして 見たいと思った。 調べてみると太宰府天満宮の近くに大野城という史跡があるらしいというのが分かった。 もう千年以上前の話だ。天智天皇の時代、朝鮮半島で戦いがあった。歴史で勉強する 「白村江の戦い」というやつだ。日本と百済が組んで、唐と新羅の連合軍と戦った。 結果は惨敗だ。散々に破れて、朝鮮半島の拠点すら失ったらしい。 そして更に、勢いをかって敵軍が日本に攻め寄せてくるという噂が立った。それで これはえらいこっちゃと一番最寄りの大宰府近くの要害を要塞化して防御拠点を 作ったのだそうだ。 それが大野城ということだ。面白そう。 唐、新羅連合軍の侵攻がこの地だけにとどまると思えないヤマト朝廷は瀬戸内海の あちこちの要所にこのような防塞を作ったらしい。 岡山にもその一つの名残、鬼ノ城というのがあって、しばらく前に行ったことがある。 やはり遥か瀬戸内海を見下ろす要害のうえにひっそりと再建されていた。 断崖の上にちょこんと要塞跡があるのはとてもエエ感じでこれで雲海が出たら 最高の眺めになるやろと思った。 てな事で、大野城跡へ行って見る。 ナビをセットして初めての道を走る。だんだん郊外に向かってるみたい。小高い 丘も見えて来た。けど、なかなか行きつかへん。標識もあんまりない。 どうなってんやろ? 丘に登り始めてしばらく経った頃、やっと案内板を見つけた。 どうやら明瞭に大野城というような建物が残ってる、あるいは復元されてるというん ではなくて、この丘全体が大野城跡という感じなのだ。 なるほど茫漠としたとこなのだ。

ところどこに石垣やらなにやらというても殆ど石垣くらいしかなさそうだ。 ここが百間石垣という場所らしい。

なるほど、中々エエ感じ、

昔の石垣、あるいは土塁跡という感じがする。 てなことで眺めてたら、ハイキングスタイルの一団がやってきた。 それで、このあたりの情報を聞いてみたら、ここには30体以上もの野仏があるのだ そうだ。このグループはその野仏を巡る催しに参加した人たちで、案内人の人が 1体ずつ解説してくれるのだそうだ。 ここにも1体おられるのだそうだ。

なるほど、なかなかエエ感じ、最初からそうとわかっていればそういう時間と気分を 準備してくるんやったのに。 でも、折角やからできるだけ見て帰ろう。

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ありがとうございました。

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