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中国、湖南省、貴州省、少数民族の旅-03、洞庭湖へ。

さて、今日は洞庭湖に行く。洞庭湖には岳陽楼という有名な楼閣がある。昔は瀟湘八景の 一つとして天下に名だたる継承の地で全国から文人墨客が集ったところだった。 1 例えば李白の詩だ。 洞庭、西に望めば楚江分かれ、 水蓋きて南天に雲を見ず。 日落ちて長沙に秋色遠く、 知らず、何れの所にか湘君を弔うを。

杜甫も詩を作っている。 昔聞く、洞庭の水、 今登る、岳陽楼。 呉楚、東南に坼け、 乾坤日夜浮かぶ。 親朋一字無く 老病、孤舟有り。 戎馬関山の北、 軒に憑って涕泗流る。 他にも数知れず。いくらでもある。知ったかぶりしてもしょうないからこれくらいにして、 ほなら今もどんだけ綺麗かと言うと、全く何もない。長江の流れが変わってしまったし、 観光地であっても開発が進んで微妙な自然景観は殆ど消えてしまった。そんなことは わかってるけどまあこの目で確かめときたいと思うひとも多いのだ。 てなことで、中国での第一夜が明けた。さあ、行くぞ。その前に腹拵え、今回の ホテルは殆どが朝食付きだ。時間の節約にはええんやけど、朝早くから散歩がてら、 麺や包子など街角屋台を探して飯を食うのも旅の楽しみの一つやけど。まあ人数が多い場合は それも難しい場合が多いんでしょうがない。 おや、今朝はホテルの朝飯も麺であった。

こういうのはとてもいい。良い朝飯を食った気がする。わからんけど。 では、洞庭湖に行こう、岳陽楼はどうなってる? 高速の料金所はえらい大げさだ。

長沙から2時間弱、えらく暑い。観光客も一杯で余計暑苦しい。あんまり暑いと 情緒がにぶる。

この湖の先が天地と混じり合い朦朧となってる様を美しく想像できへん。 洞庭湖を見ながら岳陽楼に向かう。 入口の門のところで観光客が退くのを待って写真を撮ろうと思っても、

つぎつぎにポーズを取りはるからいつまでまってもラチがあかん。 構わずに写真を撮りながら奥に向かう。

おや、岳陽楼は修復中だ。

どうせそう古くない以前に再建されたもんやから、だからどうという事はない。 中に入ったら有名な「岳陽楼記」がメインにあるのは変わらない。

2回にも同じ詩があって、どこか1文字違ってるんでどこが違うかよう見て探し当て てくださいなんてガイドさんがしつこく言うのもいつものことだ。 毛沢東の詩も相変わらずだ。

上に登って外を見る。当たり前やけど洞庭湖が見える。

やっぱり詩情はわかへんけど見学はこれでおしまいだ。 夜に来て舟を浮かべて月を見たらほんまに詩情がわくんやろか? […]

最近読んだ本、「壁の男」、「応仁の乱」

貫井徳郎、「壁の男」 どこか関東の方の地方都市に珍しいスポットがあるという。ノンフィクションライターが 旅に出た。なるほど変わってるという噂の家があった。どう変わってるんや? 家の外壁全部に絵が描かれてる。とんでもない絵に見える。プロの絵というよりは 子供が描いた絵のようだ。色も派手で力強く、どこか味わい深いところがないでは ないけど美味いとは言えないような気がする。それでもどこか惹かれる。それに この絵はこの1軒だけではないようなのだ。よく見たらあっちにもこっちにも、 殆どこの集落全部なのではなかろうか? 描いたのは誰だろう? どんな人が? どんな理由で? えっ、どんな絵やろ? どんな絵を想定してこの物語が書かれてるんやろ? わしかて見てみたい。で、いきなり本の世界に引っ張られる。 尋ね回るうちにある人物が浮かび上がって来た。 一人暮らしの伊苅という男らしい。 寡黙な男だ。尋ねて行っても頑なに心を開かない。 何度も尋ねるうちに少しずつ話始めた。でも、詳しくは話さない。何か理由が ありそうだ。何か暗い闇を背負ってるんとちゃうやろか? 本人だけでは埒が明かないんで関係ありそうなあらゆるところを取材に回る。 少しずつ。見えてきた。 妻梨絵子はどうした。子供がいたらしい。その子、笑里はどうなった。 少しずつ謎がほどけて見えてくる。 なぜ伊苅は住民から疎外されていたのか。そして住民はなぜ彼に心を開いて絵を 頼むようになったのか? 絵の果たす役割とは何なのか? それはわしも知りたい。 そしてつぎつぎと驚きの事実が明らかになっていく。 いやこれ以上の驚愕があるのだろうか? とても面白い。

呉座勇一、「応仁の乱- 戦国時代を生んだ大乱 」 この本、とても面白い。割と硬い目の歴史学者的な、研究レポート的な内容かと 思って読み始めた。事実そうなんやけど、内容がとても面白くてついつい読んで しまう。人名が一杯でてきて、それぞれが難しい読み仮名ですぐさま読み方を 忘れてまた戻りつ行きつ、あれがああなったんかこれがこうなったんか誰が敵か 味方か糾える縄の如しでわけわからんけどそれが結構面白いし、実はそれが現実 だったのらしい。 応仁の乱のあたりの歴史なんてさくっと通り過ぎててあんまり覚えてへんかった。 京都の老舗を云々するときによくつかわれる、「戦の後以来の・・・」でいう 戦って第二次大戦ではなくて応仁の乱のことやで、それほど古いんやでという言葉 で最後に京都が大きく焼かれた頃なんやと漠然と知ってるていど。 細川勝元と山名宗全の勢力争いが東西に分かれた前面戦争に。 足利義政の後継者争いに、日野富子がからんだ女が政治によこしまにに絡んだ。 なんてことをステレオタイプに記憶してただけだ。 しかし、この本を読んでみると近畿一円のいろんな豪族や部族の領土争い、縄張り 争い、跡目争い、様々な利権と怨念がぐるぐる回って、今日はあいつと手を組んで あしたはこっちについてなんて節操があったりなかったり、戦争になったらならん かったりそんな争いを延々とやってた時代にことを応仁の乱って言うらしい。 よんでると成る程そうかと頭の中が整理できたきたり、その後の戦国時代の本格的 な争いの元はこんなとこにあったんかと目を洗われるようなこともある。 難しくて面倒くさいけど、とても面白い本だ。 […]

旅のおとも、デジタルカメラが壊れた。

実は「デジカメ」って言葉は三洋電機の登録商標って聞いたことがある。今は 三洋電機はもうないんでこれはどうなってんやろ? もう誰でもデジカメって 言葉使ってもええんやろか? そんなことはどうでもええけど、デジタルカメラは旅に行く時持って行くと、 とても便利だ。もちろんええ景色を撮っておくとか、決定的瞬間を記念に残すとか 以外にもわしは水墨画を描くんでスケッチをしたり、景色を一生懸命覚えたり するんやけど、細かい部分が抜けてしまってることがよくあるんで、絵を描くときの 補助手段としてもとても助かる。あるいは、デジタルカメラの写真には撮った時の 日付、時間が残ってるんで、結構余分なとこまで撮っておいたら後で日記を書いたり ブログを書いたりするときに行動の流れを思い出すツールにもなって重宝してる。 それでまあ、旅行の時にはいつも首にぶら下げてブランブランさせてる。いざちゅうときに すぐにシャッターが押せるようにというためだ。 まあ、高級望遠付き一眼レフでもないのに大層なことやけど両手を離せるのはとても便利だ。 カメラはソニーのDSC-RX100というやつ、今はもう何代目かにモデルチェンジしてる けどわしのは初代のやつだ。 それでまあ、今回の中国、湖南省、貴州省の旅にも上機嫌で持って行った。 最初はよかったけど、ブランブランさせすぎて途中でどっかに当てたみたい。 スイッチを入れたらレンズが出てくる仕掛けなんやけど、出えへんかったり、 出たら戻らへんかったりする。こらあかんやんかと焦って何度もスイッチをオンに したりオフにしたり繰り返したら直る。 困った、困った。一旦バッテリーを取り出して入れ直しても症状は変わらん。 多分、レンズの筒の出し入れ部の接触が悪くなったんやろう。 こうなったらこれで押し通すしかない。 それでもスイッチを入れっぱなしにしてたらレンズが危ないし、バッテリーも すぐなくなる。 さあ、これ撮っとこうと思うたびにあたふたとオン、オフ、オン、オフ・・・ バタバタして、今回は取りこぼしもだいぶあった。

散々やった。 で、帰ってから早速ソニーに修理にだした。早速連絡がきて、細かい傷や、歪みや なんやらかんやらと山ほど要修理箇所があるらしい。修理費用がどないなんねんと びびったけど一律修理の範囲内ということで助かった。 ついでに旅行中のトラブルなんで保険会社に修理費用を請求させてもらった。 えらいもんで1週間ほどでピカピカになって帰ってきた。もしかしたら、プリント回路板 以外は全部交換したんとちゃうやろか? これから大事に使わんとあかん。 さてこれで保険がおりると、カード付帯ではあるけど旅行保険はありがたいと 思う。病気では一回も使ったことないけど物品の破損では時々使わしてもらって 重宝してる。折角会費払ってるんやから正当な内容であれば請求してあたりまえ やと思う。書類には友人の証人印とパスポートの出入国スタンプのコピーが必要で、 友人印はもらえるとして、パスポートスタンプはまだやってないけど自動化ゲート 使ったらどうなるんやろ? eチケット控えなど代替手段がありそう。 次は自動化ゲートにチャレンジしてみようかな。

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ありがとうございました。

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高山病爺さんがエベレスト街道を通ってエベレストを見に行くの記-52、バグタプルそぞろ歩き1。

それではバグタプルの街をちょろちょろ散歩しよう。

そう言えばチケット(1500ルピア)を買ったときに地図もいただいた。

この地図でいえば左から右に歩いたことになる。王宮やら寺院やら貴族の建物やら 見所いっぱいのところをミランさんから詳細な説明を受けながら歩いてたんやけど 残念ながらほとんど覚えてへん。歳をとったら忘れるのは矢のようだ。 なかなか高貴な感じの門から入る。

すばらしいレリーフやけど、修復のために外されている。

これも素晴らしい。文化の高さを物語るようだ。

外にで街に戻る。瓦礫のなかで修復中なのか? それでも住んで営業してまえと いうのか? 逞しい。

この街は、カトマンズと同じようにやたら人が多い。観光客だけではなくて、 地元の人もたくさんいてる。お店も多い。

ここは仏画を描く店らしい。繊細な仏画だ。でもここはヒンズーちゃうの?

ようわからん。 お土産屋さんが多い。

しかし裏通りはけっこうやばい。

酷いところも多い。

大きな煉瓦造りの建物とバラックの土産物屋さんが同居してるところがとても 面白い。

通り抜けたら広場があった。

陶器あるいは素焼きの焼き物の市であるらしい。

ここで捏ねて焼いて、売ってるのか?

独特の形はここの名物なのか? 貯金箱? いやいろいろあるみたい。 広場があればかならずお堂がある。

とてもええ感じではないか。

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ありがとうございました。

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ちょっと九州、福岡、宮崎の旅-10、ジャカランダの花を見る。

「海の道 たっちゃん」はとても居心地がよかった。老夫婦の、と言ってもわしらより ずっと若いけど、やさしくておだやかな人柄が伝わって来る。お料理も漁師の家の 家庭料理という感じで、新鮮でたっぷりして、口に優しい味わいであった。 待ってるあいだに表にでると日南の海と島が見えて、南国の豊かな気分が体の中に 入ってくるようだ。 美味しいもんを腹一杯食って、沢山の元気を蓄えることができた。 では出発だ。 これから行くのは、ジャカランダの花が咲いているというところだ。ジャカランダの花って 何やねんと思ってたら、アフリカに咲く花で世界三大花木の一つ、青紫の神秘的な花やと 言う。家人が娘とアフリカに行った時にその並木があったけど花の季節ではなかったんで 是非見たいということなのだ。道の駅、「なんごう」というところに行ったら ジャカランダの花の公園があるらしい。

というのが今回の宮崎の旅のメインの目的地でもあった。 ということで道の駅についた。

なるほどこれか。えらいショボいやんか。ここもがっかりかな? アフリカ育ちにジャカランダの花というからにはどっしりした木の並木が、あるいは 鬱蒼とした森のように立ち茂って居て、あたり一面が紫立って香りに満ちてるん やとばっかり思って期待してた。

確かに、山の斜面が遊歩道になっててそれに沿って沢山の木が植えられているけど ぐいぐい迫って来るような迫力には欠けているようだ。

それよりは、海の景色がとてもいい。

ちょっとした入り江になっていて、ええ感じの島影が点在して一幅の絵のようだ。

ちょっとがっかりではあったけど花は上品で可憐な美しいものやし、木は大きくなる のが普通みたいなんで、もう何年かしたら強烈な迫力のジャカランダの森ができて しまうかも知れん。その頃又来れたらええなあと思う。

後で分かった事やけど、ジャカランダの花って大阪にもあるらしい。 おやおや!

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ありがとうございました。

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中国旅行で印象に残った絵を描いてみた。

先日、中国に旅行に行って来た。湖南省、貴州省の旅だ。詳しくは、又、私のブログ に載せて行きますので、順次ご覧いただきたい。そのためのスケッチが等は既に 仕上がっているけど、その時の印象を忘れないうちに大きめの作品もサクッと描いて おこうとしたのだ。旅というのはこういう旅程だった。 上海→長沙→洞庭湖ー岳陽楼 →張家界ー武陵源 →鳳凰古城 →鎮遠古鎮 →西江千戸苗塞 →荔波ー大七孔、小七孔景区 →貴陽ー甲秀楼、青岩古鎮 こんな具合だ。 今回の旅で、最も印象に残ったのは、中国国内の観光客たちが意外にも、こういう 言い方はすごく失礼やけど、今まで見て来た印象とかなり違って、行儀が良いと いうか、礼儀正しいという印象を強く受けた。観光地に行ってもゴミが落ちてない。 入り口で割り込む人が少ない。降りるときも整然と降りる。今までの印象が嘘見たい。 バカにしてたらえらい恥かくなあって思った。 それに、中国は今、空前の国内観光ブームらしい。昔のディスカバージャパンならぬ ディスカバーチャイナの時代ということなのだ。そやから今まで埋もれていた秘境や 穴場がどんどん掘り起こされて徹底的に観光化されてるみたい。 そやから今では日本でもなくなってしまった心の原風景を求めてなんて甘いことを 考えてたら白けるばっかり、興ざめの風景にたくさん出会った。それでも心を奮い起こして 思いを昔の古鎮に寄せて、思い補いながら観光して来たようなことでもあった。 もちろん今回の狭い範囲のごく個人的な感想なんでこれが全てでは全くないやろし、 何も変わってないとこや人も多々あることと思う。 まあ、それはともかく、スケッチ画以外にも作品を思いのあるうちに作っておこうと いくつか書き始めてみた。 ちなみに大きさはそれぞれが半切大(135cmx35cm位)だ。

一番右が湖南省、張家界にある武陵源という奇岩が連なる不思議な山で、登った 瞬間、霧がでてとても幽玄な景色になったのが印象的だった。 その次が、貴州省の西江千戸苗塞という村で、偶々少数民族の少女にモデルに なってもらうことができたので皆でスケッチをさせていただいた貴重な経験を 作品にしたのだ。 3つ目は同じく西江千戸苗塞という村の風景だ。少数民族の人たちが千軒ほども 丘にへばりついて暮らしている。 一番右がやはり貴州省の鎮遠古鎮というあまり期待してなかったわりには風情の ある村に行った時の絵で、川沿いに展開した家々の暮らしがとても面白いところだった。 作品の作り方についていろいろ考えるところがあったし、学んだと思えることも 多かったんでもっともっと描き込んで行きたいと思っている。 なかなか上手にならんけどね。

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ありがとうございました。

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最近読んだ本、「サロメ」、「いまさら翼と言われても」

原田マハ、「サロメ」 この作家の本は出たらつい読んでしまう。やっぱり画家の作品と暮らしがテーマに なってることが多いんで興味深い。今回は、「サロメ」、作家と画家が登場する。 ユダヤの王エロドは兄を殺して王位に就き、その妃を自分の妻とした。そして、 あろうことかその娘、サロメにまで触手を伸ばそうとしている。サロメは、 獄に繋がれた預言者ヨカナーンに心惹かれるが激しく拒絶される。ある日、サロメは 王に舞を所望され、何でも好きなものを褒美にもらうやくそくで引き受ける。 そして、要求されたものはヨカナーンの首だった。 運ばれた首にサロメは口づけし、愛を語る。 エロドはサロメを殺させる。 こんな、妖しいエロスと耽美と退廃に満ちた戯曲を書いたのがオスカーワイルドだ。 そして、その挿絵を描いたのがオーブリー・ビアズリー。 二人と、オーブリーの姉、彼らにまつわる男たち、女たち、欲望と愛憎、倒錯の 渦巻くデカダンスの世界。 そして、オーブリー・ビアズリーの強烈な絵が登場する。 白と黒だけの世界。今まで見たこともない世界。憎しみと諧謔とエロスと退廃に 溢れた世界。常人のモラルと感性の限界を嘲るかのようだ。 この本に刺激されてオーブリー・ビアズリーの絵をじっくりみてあらためてその 鋭さに驚いた。この絵からあんな物語を紡ぎ出せるというのもすごいもんだ。 異論はないではないけど。

米澤穂信、「いまさら翼と言われても」 この作者の本を読み始めたら、いつも、こんなん推理小説になるんかいな、殺人も ないし、強盗もないし、命を狙う悪漢とのアクションもない。日常生活が淡々とある。 しかし、日常生活でも謎があるし、謎解きもある。 それが結構楽しくてスリリングで気が付いたらいつのまにかその世界に引き寄せられてる。 そして、またかなと思いつつ読んでしまう。 ある日、高校の生徒会長選挙があった。どうも水増し開票があったみたいだ。 しかし、どう考えても選挙管理員がそんなことをするはずがないし、そんなチャンス もなかったはずだ。一連の作業は厳粛に管理されて居た。 一体誰がどうやって? 中学校の時の卒業制作のことを思い出した友人がいた。誰かの手抜きで作品が 台無しになったという思い出。しかし、果たしてその人が本当に悪かったのか? その裏に何が隠されて居たのか? 先生が好きだというヘリの話に隠されたなぞ、漫画研究会の主導権争い。 果たしていろんな謎は解けるのか? ちぃちゃんはどこに隠れてしまったのか? 何故か面白い。

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ありがとうございました。

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大阪、難波、うどんの「天政」でさくっとうどんを食う。

道頓堀の賑やかなとこでわしの水墨画の個展をやってたときの事だ。そこは11時が 開場になっていた。中途半端な時間でもある。9時や10時くらいやとそれなりに 時間があって昼がくる。11時やといきなり昼がくる。開けてすぐやからお客さんが 来てくれる場合も多い。そやからなかなか昼ごはんを食う体制に入り難い。 いっそ開場の11時より前に食ってしまった方が簡単ではないか。そう思って、 近くを物色したら、11時前に開店してる店は意外と少ない。殆どの店は11時半頃の 開店だ。これは困ったなあと思いながら歩いてたら人だかりを見つけた。 行列店がある。

おや、うどん屋さんや、手軽で良さそうやけど立ち食いはいややなあ。よう見たら 席がある。けど逡巡しつつ通りすぎて、又、思い直して並びにきたら外人の観光客が 何人か先に並んではる。その後ろにつく。彼らもやるなあ。 こういう時代なんやなあ。お手軽うどん店でも観光客が行列しはるんや。 それでもこういう店は皆さんちゃちゃっと食べるからすぐに順番がくる。 座ったらすぐに、肉うどんと、いなりを注文。 いくらなんでも先茹ではしていない。一定の時間がかかって、肉うどんが登場。

なかなかおいしい。麺も出汁も特別ではないけどきちんとしてる。茹で方も ちょうどええ。出汁は濃くなくてちょうどええ。 いなりは先に来てたけど、がまんしてうどんが来てから食べ始める。

そういう規則はないけどそういうもんだ。お揚げが甘くてとてもおいしい。 ぱくっと一口サイズですぐに食える。 10分かからずに食べ終わったんとちゃうやろか。 簡単明瞭でええやんか。こういう時にはとてもありがたい。 朝から開いてて、安くて簡単明瞭。 美味しかった。 ご馳走さんでした。

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ありがとうございました。

天政 (うどん / 大阪難波駅、難波駅(南海)、近鉄日本橋駅) 昼総合点★★★☆☆ 3.0

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生まれて初めて個展をやってみた−02

注!!:友人が私の個展の写真ギャラリーを作ってくれました。興味があると思われる 方はご覧ください。右サイドバーにリンクを貼っています。 宜しくお願い致します。

ミナミの繁華街の真っ只中、アジア系の観光客が毎日、毎日雲霞のように通り過ぎる えらい賑やかなとこで個展をやってしまったんで、もしかしたら、さぞかし、何かの はずみでわしの絵を見に来てくれるひともいてるかもしれんと密かな期待と心配は しないでもなかったけどそういう心配は全く必要がなかった。そういう人たちは 誰も来ない、興味も示してくれない。 まあ、そういうものだ。 来てくれるのは殆ど友人、知人ばかり。 まあ、そういうものだ。 とてもありがたい。わしの絵が気に入ったから、なんて、そんな事は決してない。 多少はあるかもしれん。そう思いたくもある。

しかし、まあ、普段の付き合いで、何かしらんけど頑張ってる見たいやからちょっと いって激励したろということで結構無理をして来てくださってるようなきがする。 絵を描くなかまだけではなくて、よく旅行に行く仲間であったり、旅先で知り合った だけの人たちであったり、篆刻の仲間であったり、はたまたカレー繋がりの人たち であったり、学生時代からの友達であったり、昔の仕事仲間であったり、ただの 仕事繋がりのわけのわからん、けど大事な友達たちだったり、思い出してもきりが ないほど、実にたくさんの人たちに来て頂いた。 それだけでもありがたいのに殆どの人からいろんな差し入れを頂いた。 わしが酒好きと知ってる人が多いんでお酒の差し入れも多い。すぐ飲めるよう、 冷えたビールを持って来てくれた人もいる。ワインがあれば日本酒もある。珍しい 洋酒もある。それに美味しいお菓子もある。見たことも食べたこともないような 珍しいお菓子もある。ちょっとカッコいいブランドもある。お花も頂いた。 カレーの差し入れもあった。それがまた格別に美味しいのだ。 あれもこれもと枚挙に遑がない。 それにしても、皆さんええセンスしてるなあって感心する。いいもの、おしゃれな もの、喜ばれるものをよう知ってはる。こういうのをバシッと選ぶ能力はいつも 羨ましいかぎりだ。わしの場合は、持って行くことすら思いつきもせんかったり、 思いついても手近で間に合わせたり、ドグサイことばっかりやってる。 しかも、お返しできる人ばかりではない。住所も知らんし、次に何時、どんな機会に 会えるかわからんのにちゃんと心遣いしてくれている。わしは日頃そんなこと できてるんかどうか考えたら嘆かわしい。 どうしてご恩返しをしようか悩ましい。 遠くからも来て頂いた。はるか東京から、愛媛から、京都から、奈良から、和歌山から、 遠路遥々来て頂いたのだ。 感動あるのみだ。 で、毎日外をみれば、アジア系の観光客がぞろぞろ歩いてるし、「はり重」さんには 朝から行列ができてるし、「松竹座」にも観客がならんでる。 元気一杯の大阪、真っ只中だ。 わしも元気を頂こう。 来て頂いた皆さん、本当にありがとうございました。

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生まれて初めて個展をやってみた−01

水墨画を勉強し始めて丁度10年たった。一つの区切りを勝手に迎えたと言うことに してみよう。中国人の先生からも離れて自己流路線だけになってしまった。ちょっと 不安になったり、寂しくなったりするかなって思ったけどそんな事は全くない。 引っ張られるものがなくなって返ってスッキリした感じだ。それならばもう少し 欲をだして、個展でもやってみようかと思った。 どうせやるならええ場所にしたい。しかしええ場所は高い。予算は抑えとかんと 年金生活にこたえる。根気よく探そう。ということで道頓堀のとても賑やかなあたり 「松竹座」と「はり重」の真ん前で比較的コストパフォーマンスが良さそうな所を 見つけた。 とりあえずここでやろう。 不安で一杯の個展6日間が始まった。

画廊の一日ってどんなんやろ。 とても暇だ。予想通り殆どお客さんはこない。もちろん時々知り合いが来てくれる。 知らん人は殆ど来ない。 表通りは知らん人が一杯通ってる。見てて全く飽きないほどだ。中国人らしき人たち、 台湾人らしき人達、韓国人らしき人達、タイ?、マレーシア?インドネシア? ようわからんけど外国の人達が80%いや90%以上も占めるんとちゃうやろか? そういう人達は全く入って来ない。玄関先まで来たなって思ったら隣のお好み焼きの 動く大看板を写真に撮りにきてるのだ。興味すら示さない。 まあそれは当たり前だ。 おや、誰か入って来た。 入り口入って直ぐのカウンターにこの画廊あるいは近辺、あるいは有名画廊の 個展案内の葉書が各種積み上げられてるのを最新版はないかとチェックして持って 帰りはるのだ。 ただそれだけ、入ったんやからちょっとぐらい見てくれやと思ってもさっさと 出て行きはる。いや、ちょっとだけ見る振りをして出て行くひともいてる。

そうかと思うと、葉書狙いには違いないものの一旦座り込んで、気を効かせて お茶などだすと、じっくり話しこんでいつまで経っても喋ってはる人もいてる。 寂しいんかなあ、孤独なんかなあ。

そうかと思うと、何となく美術のことや個展の事を良く知ってはって、結構適切な 指摘もされてはっとすることもあるようなギャラリー通の方も来られるときがある。 面白いなあ、人間模様やなあ。

そうかと思うと、何となく話をするようで、御菓子を食べるのに気がいっている。 こっちがヨソミをするとさっと御菓子をポケットなどに入れはる。御菓子目当ての 人もいてはる。 そう言う人は実は結構多い。 これもまた、賤しいというよりは孤独なんやろなあって思う。

そうかと思うと、わしの絵はろくに見やんと、自分の自慢ばっかりしていく人も いてはる。最初は面白いなあいろんな人生があるんやなあって聞いてるけど、だんだん 空しくなる。

こんな大都会で、人がざわめく喧噪の真っ只中で、こんな孤独な姿の人間模様を まざまざと垣間見るとは思わなんだ。

暇やけどちょっと哀しい。 こんな主題で絵に描いてみたくもあるけど、もっと観察が必要かも。

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ありがとうございました。

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高山病爺さんがエベレスト街道を通ってエベレストを見に行くの記-34、エベレストが見えた!

よっしゃー!! とうとう見えたか!

びっくりした、えらい大きい。 いままではこの写真みたいな景色して見えてなかった。

この谷間の奥にある小さな三角の山の少し上あたりにちょこっと遠目の富士山くらいに 見える程度やろっておもってたら、こんなにでかいのだ。

この真ん中にある一番奥の三角山がエベレストなのだ。右はローチェという山らしい。 屋上テラスの方がよう見えますよってガイドさんが言うのも気にしないほどいれこんで 見入って写真をとりまくってた。しばらく見てたらだんだん冷静になってきた。 「やっぱり屋上に行こうか」、部屋のテラスやったらスリッパでええけど屋上やったら 靴を履かんとあかん。面倒かな? ここでも十分見える? そんな場合とちゃう、 やっぱりええ場所でしっかり見とこう。 ロビーの狭い階段を登って、屋上のテラスにでる。 すごい、360度の眺望だ。

一気に雲が晴れて、エベレストだけではなくていろんな山が見える。

なんと素晴らしい眺めなんやろ。

おや、先発隊の迎えのヘリが飛んできた。今日は順調な1日になりそうだ。 彼らも先にこの景色を見たらしい。よかったよかった。 なんども息の飲んで、この壮大な景色に感動する。

いつまでも見ていたい。しかし、昨日まで2日間雪に降りこめられて、何も見えへん、 今朝もついさっきまで雲でいっぱいやったのに、一瞬でこんなに晴れ渡るなんて 奇跡みたいやんか。まさか最後の最後にこんなことが起きるなんて。 あっち向いたり、こっち向いたり、写真撮ったり、スケッチしたり忙しい。 けど、嬉しい。 感激してるうちに雲が湧いてきた。ええことはいつまでも続かへんのか? そろそろ9時近い、わしらも帰り仕度しようか。 ヘリ組は乗ったら10分かからんとルクラに着いてしまう。わしらは2日かけて ルクラまでいく。これは考え方の問題か、貧富の差か。 まあ、そんなことはどうでもええ。

なかなかええホテルやったなあ。

お世話になりました。 気分は上々、浮き浮きとして帰路につく。

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ありがとうございました。

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京都、「みやこめっせ」で篆刻グループ展

京都まで月に2回篆刻を勉強に行っている。篆刻の技は一向に上達しいへんけど、 そこの仲間達とランチに行ったり、ベチャクチャと比較的どうでもええような 事どもを交流するというのが楽しくて続いている。そういうええかげんな勉強でも 時には、というと2年に1回くらいなんやけど、グループ展をやるという話があって 作品を大わらわで作らんとあかん事がある。先生は京都市内で手広く教室を開いて はるんで参加総数は70人80人と大変な数になるらしい。 それやったら偶にはちょっとまじめに作品を作ってみようかと思った。 ふだんが不真面目というわけではないけど作品というからにはそれなりにストーリーが 要るではないか。 とりあえず石を彫るのがスタートだ。幸い、前に中国の杭州で買ってきた変則的な 結構大きな石が手元にある。これやったら短い漢詩を全文載せることができるかも 知れん。 ちょっと色々策を練ってみて、李商隠という人の「楽遊原に登る」と言う詩がええんでは ないかと思った。五言絶句やから5x4=20文字で全文入れるにはちょうどええ 大きさだ。さっそく挑戦してみたら、大きさはともかく変則的な石やからなんか、 安もんの石やからなんか、節みたいに硬いとこが随所にある。そういうとこは なかなか、文字通り刃が立たたん。つるりと滑って字にならん。それでも強引に 彫っていくと手が痺れてきた。 詩はこんな具合だ。 楽遊原に登る 晩(くれ)に向(なんなん)として意(こころ)適(かな)わず、 車を駆(か)りて古原に登る。 夕陽(せきよう)無限に好し、 只、是れ黄昏に近し。 これはちょっと絵になりそうだ。篆刻の作品やけどわしは水墨画をやってるんで 水墨画を添えよう。 ちょっとええ感じになってきた。 只の自画自賛。 でついでに遊印として木印で彫ったやつを押しとこう。 「山気日夕に佳し」 陶淵明の「飲酒」詩に出て来る句だ。 側款も重要だ。 側款というのは篆刻作品の横に作者の名前や彫った意味、意図なんかを記入して、 印を押すんではなくて拓本のように墨で拓をとるのだ。 タンポやブラシやいろんな道具が要るんでこれも一つの遊びになる。 「寂寥ノ心ハ過ギユク美の儚サヲオモフヤ 丁酉(ひのととり) 泥魚」 なんて書いてみた。 最近ちょっと側款にも目覚めたんで色々挑戦したいと思ってる。

ええかっこして見たけど他の人はもっとすごい。本格的なやつばっかりだ。 直ぐにも公募展にだせそうな作品ばっかり。 許可を貰ってないんで残念ながらブログには載せられない。 因みに沢山の人が見に来てはった。こういうマイナーな世界では出展者の誰かと 何らかの関係がある人が殆どなんで、今回もそうやからいかに関係者が多いかと いうことがよくわかる。それでもたまたま飛び込みで来はるような勇気のある人 もいてそういくきっかけで世界が広がることもあるから面白い。 我なの仲間の小作品を持ち寄って遊んでみたやつも紹介しよう。

併せて一つの巨大な印に見えるかもしれんように作ってみたのが面白いかな?

こんな話をぐだぐだ書いても関係ない人には何の興味もないんやろなあって思う。 読んで頂きありがとうございました。

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九度山暮らしのある日、珍しい古木、巨木に出会った。

九度山の隠れ家暮らしの時にも相変わらず朝晩のウォーキングは続けている。 面倒くさいんでそれぞれにコースを決めたらいつも同じとこばかり歩いてる。 そうなると、唯でさえ顔をうつむき加減で歩いてるんで、見慣れてた景色は見る という集中力を生まないんで何もみないで時間だけ経っていることが多い。あるいは なにか妄想ではなくても下らない考え事をしながら歩いてて、どっかに当たりそうに なったりこけそうになったりすることさえありがちだ。 それでも時には同じ景色のはずやのにおやっなかなかええやんかとはっとするような ものに気がつくこともないではない。めったにないけど。 もともとそんな目立ったモンがあるはずが無いとこを歩いてるんやから当然ではある。 で、今回はこんな木を見つけた。

どこにでもありそうな唯の木やんかと言われればそれまでやけど、ばんっと左右に 張り出した枝の勢いがとてもええ感じだ。バランスも良い。こういうのをよう 覚えといて絵の中に登場ささんとあかん。

看板を見てみると、栴檀、古名=おうち、樗、楝とある。「栴檀は双葉より芳し」の 栴檀は実は香木白檀のことであってこれではないと説明に書いてある。この木は、 和歌山が生んだ尊敬すべき南方熊楠がこよなく愛した木らしい。 6月には薄い紫の繊細な花をつけるらしい。もうすぐやんか、忘れずに写真を 撮りにこよう。樹齢約130年らしい。

その後、花が咲いているのを見つけた。やはり看板通り、薄紫の繊細な花やった。

儚く可愛らしい。そしてやっぱりとてもいい香りがした。

もひとつ見つけた。 これはお寺の中にあるんで、いろんなお堂や仏道がいっぱいあるのに気が取られて 気がつかなかった。よう見たら、なかなか面白い形の木ではないか。

これも覚えといたら絵に使える形をしてる。グングン上に伸びてる感じが力強くて 良い感じだ。 看板を見てみよう。

樹齢約350年とある。えらい立派な木ではないか。 昔は大銀杏の影に隠れてたんでよう大きならへんかったけど大銀杏を切ったら、 ドンッと伸びたという事だ。なぜかおかしい。 やっと出番がきよったんや。 それでびゅっと上に行った。 黄色いのは花が咲いてるんかと思ったら枯れてるだけやそうだ。 今や、仏像やお堂とええバランスの存在感になってる。 今日の話はあと一つ。 緑の桜だ。 もうここらへんの桜の満開も過ぎて、殆ど散ってしまったころ、いつものウォーキング のコースに緑の桜が咲いての知ってる? って教えてもらったんで早速見に行った。

なるほどうっすら緑色に透き通ったような綺麗な桜が咲いている。 昨日はもっと緑やったでという。

ネットで調べるとこういうのは確かにあって、目の前にあるんやからあることに 間違いはないんやけど、御衣黄(ギョイコウ)と呼ぶのだそうだ。あまり知る人は 少ないらしく、竹藪の外れのうち捨てられたような崖のところにひっそりと咲いていて 満開になったからと言って人だかりがするようでもない。 こういうのが奥床しくてわしらの清らかな心根を目の当たりにするようではないか。 それはともかく珍しくてええもんを見つけた。 […]

初めて個展をやろうと思います。よかったら見に来て下さい。

初めて個展をやろうと思います。よかったら見に来て下さい。 旅が好きでよく旅に行っている。そして旅の絵を描いている。今では旅に行きたくて 絵を描いているのか、旅の絵を描きたくて旅に行ってるのかようわからんように なってしまった。 旅で見たごく普通の暮らしを描きたい、もう無くしてしまったかもしれない原風景の ようなものを描きたい、懐かしい、ちょっと哀しい、そして楽しい、ユーモアの ある絵を描きたい、そういう気持ちで描いてきたしこれからも描き続けたいと思っている。 水墨画の勉強を始めてほぼ10年が経った。いつまで経っても上手にはなられへん けど、それが何かといわれるとつらいけど、見えてきたものもあるように思う。 昨年、10年ほど京都にいる中国人の絵師に水墨画を習っていたのをやめてしまった。 老師の絵を模写するばっかりで、ここまで惰性で来てしもたなあって思うし、技術的な面 ではとてもとても及ばへんので卒業したなんて言われへんけど、お手本に引っ張られ ないで、もっと自分らしい世界に専念したいなあって思ったのと、水墨画の世界でも 中国的な発想と日本的な発想の違いが気になり始めたなどといろんな理由がうずまいて 決心したのだった。 確かに、この老師にならってて技術的には少しは進歩してきたというのはあるやろし、 老師の紹介で5年前に、もうそんなに経ってしまったんか、杭州にある中国美術院へ わずか3ヶ月の短期間とはいえ留学できたというのはとてもええ経験やった。 毎日毎日練習するんで確かにええ勉強になったし、中国の絵と日本の絵の考え方の 違いも何となくわかった。もちろん中国での学生寮の生活は何物にも代え難い楽しさ であった。 それはともかく、習うのをやめてとても自由になったと思う。自分のことを棚に上げて 偉そうなことを言うてみると、中国流は描き過ぎの感があってうるさいなあって思うことが おおいけど若い人の絵は発想が自由でとてもいいと思う。日本の昔の絵は省略の美、 描かない美、侘び寂びの美があってええなあって思うことが多いけど、今の日本の 絵の世界は流派の枠がきついようで窮屈でおもろないなあって感じることが多い。 さて、わしはどんな自由が得られるのやら。 何はともかく技量と感性を磨かねば。

まあ、そんなこんなで一つの区切りをつけようかなあと思い、個展をやってみる 事にしました。皆さんに胸を張って見て頂けるようなレベルでも何でもなくて、 恥ずかしいだけの絵しか揃ってないけど、これが今の実力なんで、見ながら色々 ご批判や、ご意見がいただけるとありがたいです。

もし、時間があって、ついでがあって、ご興味があったら一度見に来て頂けると ありがたいです。

日時 6月1日(木)〜6日(火) 11:00〜19:00(6日は17時まで)

場所 ギャラリー香 1階 大阪市中央区道頓堀1−10−7 Tel:06-6212-7750 松竹座、はり重向い。地下鉄なんば駅14番出口すぐ

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ありがとうございました。

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最近読んだ本、「台湾生まれ日本語育ち」、「大絵画展」

温又柔、「台湾生まれ日本語育ち」 滅茶苦茶面白いわけでもないし、波乱万丈でもないき、奇々怪界でもないし、 起承転結の起伏が激しいわけでもないけど、ついつい先を読んでしまう。 読んでいてとても優しい気持ちになれる本だ。 家庭の中で、ごく普通に、ごく自然に、台湾語で喋ってるかと思ったら、中国語に なってたり、ある時は日本語になってたりとそういうのがごく普通にあるのが 台湾なのだそうだ。ごく普通の家庭でも台湾語と中国語は当たり前のように 混ぜ混ぜで喋られるし、日本統治時代に日本と関係の深かった人や、そうでなく ても日本や日本人と関係の深かった人が家庭にいるとこれに日本語が加わるのだ そうだ。 なんと素晴らしい。わしらは子供の頃から殆ど外国人と接することはなかった。 そのせいかどうか、中学校に行って英語を習い始めたところで唯の勉強の一科目、 コミュニュケーションの手段として考えたこともないし使えたことも勿論ないと いう日本人が圧倒的だと思う。素直にかっこええなあって思う。 現実はそんなええことばっかりではないのは明らかだ。 いろんな暮らしの中のいろんな悩みや歪みも淡々と語られる、とても心地よい エッセイ集だ。台湾総統選挙の話、台湾海峡、馬祖の話、とても良い。

望月諒子、「大絵画展」 これは、ある知り合いの方に教えていただいて早速図書館に予約した本だった。 映画や本や、いろいろ情報を教えていただける知り合いがいるのはありがたい。 いやあ、実に面白い。とても良い本を教えていただいた。 ある時、ロンドンの有名なオークションでゴッホの名画、「医師ガシュの肖像」が 競売にかけられた。第二次大戦後正規の持ち主を巡って数奇な運命を辿った曰く付き の絵画だ。なんとそれが、日本人の実業家に落札されたのだ。そのオークションを 代理で勝ち取った謎の日本人の男とは一体だれなのか? そして、絵画はまた数奇な運命を辿るのか? 持主の会社の破綻と共に名画はまた闇の中へ。 そして、謎の男を巡って、あるいは今はわからない何かを巡って、事件が次々と 起こっていく。 なんとなく暗くて陰惨な話になりそうな予感がして読むのをやめようかと思っていると 事件は意外な展開を迎える。 ここからがとても面白い。何もかもが一気につながっていくかのようだ。 果たして、絵画はどうなるのか? 絵画をめぐるひとたちはどうなっていくのか? そして意外な結末も。 確かに、割と安易なミステリーのようでもある。しかし、絵画の価値ってなんやろ? たかがゴッホ、されどゴッホ、それで何十億円か? あると思えばある、ないと思えばまったくないかもしれへん価値? しかし、本物を見れる人にはそれがわかるのか? その魔力とは? 金なのか? 絵の力なのか? 価値のわからんもん同士でゲームが成り立つのか? 色々考えるととても楽しい。

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ありがとうございました。

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