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映画、「星空」を見た。

とてもファンタスチックで絵画的な美しい映像の映画だった。 そう言えば、「満天の星空」を見て心が震えるなんてこと、久しくないなあって 思う。年とともに空も綺麗でなくなってるし、心もけっこうくたびれてしまったし。 昔、中学校の部活で、校舎の屋上で夜通し天体観測したときは本当に綺麗な空やったし、 周りも暗かった。この頃はアジアの田舎に旅行しても漆黒の闇っていうのがなくなって きてるんちゃうやろかと思う。今年の初めにネパールにエベレストを見に行った 時も満天の星空を見れるのが大きな楽しみやったけど残念ながら毎晩雪やった。 やっぱり、心が震えるなんて無理なんや。 この映画は、ゴッホの「星月夜(星空)」を軸に話が進んでいく。 「星月夜」は美しくて強烈な作品だ。彼の荒ぶる魂が描かせたのか、狂気の中の 静謐が画面に迸ったのか、というような難しい話ではなくて、ただのジグソーパズルだ。 シンメイは両親が美術商という恵まれた環境で暮らす普通の13歳の学生だ。 しかし、どうやら周りがざわついている。 父と母は離婚しようとしてるんではなかろうか? 大好きなおじいちゃんは病気になってしまった。 もしかしたらあぶないんとちゃうやろか? 青い象さんのプレゼントはどうなる? 親子で楽しんでた「星月夜」のジグソーは今は埋まらない。 ある日、シンメイのクラスに転校生がやってきた。ユージエという男の子だ。 なんとなく気になる。あのスケッチブックに何が書いてある? どこか暗い影がある? さて、学校でも家庭でも事態はどんどん怪しくなる。 ややこしくなる。 シンメイの父と母はどうなる? おじいちゃんはどうなる? マグリットの絵があちこちで効果的に顔をだす。 ユージエの家庭にも問題が? なぜ転校ばっかり? ある晩、とうとう2人はお爺ちゃんの住んでた田舎の山の家を目指す。 日が暮れ、行きくれる2人。 突然現れる幻想的な風景。 あの星空は本当に見られるのか? ジグソーパズルはいつか完成するのか?

最初は、「しょうもな・・」って思いながら見てた。 でも段々ええなあ、画面が綺麗やなあ、絵を見てるようやなんて思い始めた。 ロマンチックでもあり、ビターでもある青春の風景がとてもファンタスティックで 美しい映像の映画になっている。 台湾の人の中国語って何故か優しくて分かり易く聞こえるなあ。 是非劇場でご覧あれ。 とは言うものの、残念ながらシネヌーボーでは終わってしまった。 ところが、シネヌーボーXで続映されるらしい。 是非ご覧あれ。

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ありがとうございました。

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中国、湖南省、貴州省、少数民族の旅-30、西江千戸苗塞、少数民族の舞踊ショー。

「大きいですよ」って聞いてたけど、せいぜい大きな劇場の舞台ていどの大きさを 想像してたけど、これはスタジアム級の大きさではないか。

「どこでも空いた席に」ということやけどもうすでにええ席は殆ど埋まってる。 出入りしやすそうなとこをえらんで座ろう。 お昼前に少数民族の舞踊ショーがあるという。あんまり興味津々というわけではないけど せっかくやから見学させていただこうということになったのだ。 開演が近づくにつれてどんどん人が増えて行く。

人が増えるにつれて喧しさも増してきて、会場の気分も盛り上がっている。 そこへ司会者が出て来た。えらいやかましい。何言うてるかわからんだけに余計 やかましく感じる。 どうも前座があるらしい。有名な書の大家がやってきてここで揮毫を実演するんで みなさん買って下さいと言うふうなことを言ってるらしい。「表演付きオークション」 というやつだ。これもよくある。昔、北京でちょっと大きめのレストランで食事を してたら、いきなり掛け軸のオークションが始まった。水墨画なんかやってないし 絵の値打ちもわからんころやったんで、面白半分、シャレのつもりでつい手を挙げて しまったら、他に誰も手をあげる様子がない。まさかと真っ青になってるうちに 落ちてしまった。まあ高いもんではなかったんでシャレですんだけどそれから 何度か飯食いオークションに行き当たったことがある。 それはともかく、「表演」が始まった。

さすが巧みな手さばきでシャッシャと書いてはる。 さて、書き終わったら、オークションだ。司会者がどんどん盛り上げる。 会場からいくつも手が上がる。最終的に3人ほどが競り落とした。 えっ、数が合わへんやんか? どうも、事前に用意したやつがあるらしい。 何枚か「表演」して、それを売ってやっと終わったら、それを買った人たちに プレゼントがあるというおまけ付きだ。 前置きがとても長い。 やっと本番が始まった。 舞台が整えられる。

長老たちの登場。

挨拶があって、少数民族の歴史の紹介がある。長い長い話やけど、淡々と続く。 そして音楽が始まる。 踊りながら器用に笛を吹く。どうも、口パクくさい。 踊りも始まった。

若い女性たちが一斉に豪華な民族衣裳をつけてるのは壮観ではある。先ほど モデルになってもらったお嬢さんの衣装によくにている。ハレの時にこういう衣裳を つけるのは民族の誇りなのだというのはよくわかった。話の中で蝶々の子孫だという 伝説もなんとなくわかった。そやから頭の冠の中心にいてるのは蝶々だったのだ。

華やかなおどりではあるけど、なんとなく嘘くさいって思うのはわしの感性が鈍いん やろか? 演出が悪いんとちゃうやろか? 見せ場作りが表に立って、伝統文化に敬意を払うような演出ではなさそうな気がしてならない。 こういう催しは、外から来た漢民族の人たち中心のビジネスを支えるものになってしまっていて 少数民族の暮らしや文化を尊重して育成するような方向では運営されてないんとちゃうやろか? 通りすがりの外国人が先入観だけでモノを言うのは的を得てないかもしれへんし、 失礼なことかもしれん。そうでないことを祈りたい。

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時々、神戸遊、知人のロックライブ、「G.A.P.」コンサートを聞きに三宮チキンジョージに行った。

チキンジョージなんて久しぶりだ。ロックコンサートも久しぶりだ。ロックやジャズは 好きやからCDやレコードなんかは偶に家で聞いたりするけど、生のバンドは滅多に機会がない。 で、ついでに元町まで行ってしまう。うろうろ回って時間を潰した後、高架下を 三宮まで戻る。東急ハンズを目印の裏にまわる。生田神社の向かい側に地下に 降りる入り口がある。 チケットをわたして、席を確保して、ビールをもらって、準備万端完了だ。落ち合った 知人と2人、ビールを飲みながら少しずつ気分を盛り上げて行く。 おや、後ろがちょっと騒がしい。なんかあったんやろか? なんかあったに違いないけど、何もない、たいしたことない、騒ぎを起こさんとこ という空気がありありと漂ってて変に静かやけど騒ぎは起きてない。 わしらも騒がんとこ、しかし、開演時間が過ぎても始まらへん。 やっと動いた。舞台ではない。後ろだ。消防隊員が静かに入ってきた。そして担架を 持ってきて誰かを運んでる風だ。無言のうちに事がすすんで終わってしまった。 多分、お客かスタッフの誰かが気分が悪くなって運ばれたんやろう。 そして、舞台が開いた。 ジャーン! おお、かっこええやんか。 いきなり乗りに乗っている。

「G.A.P.」っていうロックバンド、実は知人がリードボーカルをやっているのだ。 久しぶりにライブをやるからと知人から案内を頂いた。現役時代に取引先やった 某有名IT企業のえらいさんでありながらプロまがいの演奏活動をやってはる方がいる。 二足のわらじというけど、どっちがメインのわらじやら、わからんくらいでは ないやろか。 仕事の上のつきあいは短かったけど、音楽の話は盛り上がって、初めの頃は、 時々はコンサートに行かせていただいてた。 その後、なかなか神戸まで足を運ぶ決心がつかない期間が続いたんやけど先日 わたしの個展を見にきて頂いて、お酒を一緒に飲んだのを機会にまた日火がついた かもしれん。 やっぱりライブはええですなあ! 特に知り合いがやってるとよけい力が入る。 もういっぱいビールを飲もう。 会場もどんどん熱気を帯びてきてる。 4人の息もぴったりあってるし、観客ものっている。 客席との距離と客席の大きさがちょうどええ感じなんで身内感が強まる。 久しぶりに元気を頂いた感じだ。 また、機会があれば是非聴きにきたいと思う。 ありがとうございました。

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ありがとうございました

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中国、湖南省、貴州省、少数民族の旅-21、鎮遠の街でスケッチをしてみよう。

一通り街の様子がわかったんでスケッチに行こう。とりあえず又橋を渡って 対岸のお寺のある丘に登る。お寺のお堂の中でスケッチしたら雨に濡れずに済むんで 快適だ。 しかし、お堂のテラスは絶好の観光スポットでもある。おりからの中国人観光客が、 地元やから当たり前、次々と通り過ぎる、通り過ぎるだけやったらええんやけど、 ジロジロ見て行く。見て行くだけやったらええけど見ながら批評をたれてはる 人たちもいる。子ども達は話しかけようとしてくる。 ほっといてくれ! いや、ちょっと見て欲しい気持ちもないではない。褒めてくれたらなお嬉しい。 物事は複雑だ。 折角の風景も見飽きてきたんで下に降りる。 次は橋のあたりを描いてみよう。

中国の古鎮によくあるお堂付き、3階建のソリ屋根付きの橋だ。 おや、人だかりがしてる。 通り過ぎようとしたら何かおかしい。じっと動かへん人形みたいなのが立ってる。 けど人形ではない。わかった。人間が扮装してるんや。 顔も手足も真っ黒に塗って、清朝の時代の道学者みたいな服装を着て、じっと立ってて 時々、パントマイムみたいピクリと体のどこかを動かす。 簡単に言えば大道芸の一つみたいだ。 写真を撮りたい、一緒に写りたい人をつかまえていくばくかのチップを稼ぐ人のようだ。 一気に興醒めしてそばを通り抜ける。 中国の観光客はこういうのが大好き見たい。順番に写真を撮ってはる。 わしらは又市街地に向かう。 とある展示館を見つけた。なにかこの街の昔の様子を展示してるらしい。 無料みたいなんでするっと入ろうとしたら身分証をだせと止められた。あわてて パスポートを取りに戻ってやっと入れてもらう。 鎮遠の昔の様子が写真に撮られている。今、撮れるはずがないんで昔撮られたやつだ。 そのころ写真をとる技術がこのあたりにあってそれを駆使した人がいるというのも 驚きやけど、この風景はすばらしい。

いまこういう風景に出会えたら、わざわざ遠くまで旅をしてきた価値が大いにあったと いえる。

こんな風景やったらいくらでも絵に描きたいし、そのためにここに逗留したいとさえ 思うと思う。

綺麗になった街並みをみるよりはこっちの方がはるかにいい。 でもまあ、人々の暮らしを思えば、だんだんと今みたいになっていくのはやむを得ない ことやと思う。 いつまでも極端に不便で不衛生な環境では暮らしていかれへん。 郷愁は郷愁、生活改善は必然だ。 世の移ろいは止められない。 と言いつつ、今の風景も悪くはないんやけどね。

あれを見てしまうとね。

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ありがとうございました。

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時々、大阪、秘境ツアー、「Swing MASA、西成 Jazz Live」を聞く。

前から気になってたんやけど、西成の超ディープなあたりで夜な夜なジャズライブを やってるらしい。えらい気になる。元々は難波屋っていう立ち飲み居酒屋でやってたのが ご近所の苦情で別のとこでやってるらしい。しかし、時には元のところでもやるらしく 友人のFBに「Swing MASA、西成 Jazz Live」、こういうやつがあるっていう情報が載った。

なるほど、友人を誘って行ってみよう。Jazz Live なんて久しぶりやなあ。 暗くなったら、この界隈、独特の空気に満ちてるんとちゃうやろか? ちょっと怖い? ややこし? 多分思い過ごしだ。鬼が出てとって食われるわけではないし、泥棒や、ギャングが 出るわけでもない。 ただ暗いだけだ。 ほんのりと明るいところをたよりに歩く。あった。「難波屋」さん。

まるで立ち飲み屋だ。ほんまもんの立ち飲み屋やからあたりまえだ。まさか立って 飲みながらJazzを聞く? ルールがわからん。立ち飲み屋の横にガラス戸があって そこから立ち飲み屋の奥のスペースに行けるようになってるみたいだ。 なるほど、すでに楽器が置いてあってグランドピアノもある。椅子も並んでるんで 座って聴けるみたい、腰痛爺さんにはありがたい。 さっそく残り少ない椅子を確保しておこう。 席を確保したら、酒とアテだ。どないしたらええんやろ? 聞くと、立ち飲みのとこへ行って買えばええという事だ。 要注意! 「注文は必ず一人の人にする事。あの人この人にバラバラ言うたら間違いの元。」 と言われた。そしてものが揃ったらお金を払って、それで完了。席に持って行く。

さあ、準備完了、狭いんと、慌ただしいのとまっくらなんでちゃんと写真撮られへんと 言い訳がでる。 で、時間が来るといきなり演奏が始まる。

とても良い。オーネットコールマン風に力強いブローが始まった。 ぐんぐん惹きつけられる。 ピアノの素晴らしい。淡々と正確に弾いているだけのようでメリハリがきいて ビシッとした力強さがある。アルトサックスとピアノのデュオというとても地味な 構成ながら説得力のある音楽が次々に飛び出して来る。 一時間があっという間に過ぎた。酒やアテでウロウロする暇もない。 休憩時間を利用してハイボールのお代わりとカキフライを頂く。

もたもたしてると時期に後半が始まった。 あまりおしゃべりもなく淡々と演奏を続けはる。ここに来てる人たちはみなさん 元々よく知り合い同士の方々なんかもしれん。何か馴染みのサロンに無理やり 侵入したような気がしないでもない。 それにしてもさっきから耳元うしろでぐちゃぐちゃとうるさいおっさんがいる。 いわゆる酔っ払いの繰り言めいて、何を言うてるんか意味をなしてないけど、 言語にはなってるんでいやでも耳に入ってくる。声の大きさも近くの何人かが 演奏を聴く邪魔になるという程度でそう大きくもないけど十分迷惑な大きさでもある。 かなわんなあって思う。注意しようかともちらっと思うけど、相手は酔っ払いやから 話にならんで、結局騒ぎだけが発生してみなさんの迷惑になるだけやと考えて […]

映画、「ロスト・イン・パリ」を見た。

水墨画を描いてるけど、水墨画の世界にも抽象画みたいなのがある。破墨というのもある。 余白の美、描かずに描くという侘び寂びの極みもある。それらの違いはあるようで ないようで定かではないようだ。わしらのような素人絵描きにはようわからんけど、 あんまり境目にこだわる必要はないと思う。興に応じてなんでもやったらええのだ。 本を読んでてもそんな感じを持つことがある。 メチャ抽象的でまったくわけわからんのもあるし、わけわからんけど心惹かれる ものもある。あちらの世界を描きながらこちらの世界を現してることもある。 これまた幅広いわけのわからんさがあって本を読む楽しみも限りがないけど、 感受性を磨かんと入っていかれへんことも多々あって悩ましい。 映画の世界でもそう思うことが多々あるけど、好きな割には思い入れが少なくて 入り込み方も全く通りすがり的なんで、玄人の方の推薦でもわからんと思うことも 多いのが情けない。知識も感性も足りませんなあ。 でこの映画、前置きが長いのはわからんかったという印、わからんかったけど、 おもろかった。ストーリーがあるような、無いような、起承転結があるような 無いような。支離滅裂のようなちゃんと繋がってるような。そして全ての場面の 映像が美しい。

カナダの山奥、雪に埋もれた村で暮らすフィオナ。昔、忽然としてパリに去った おばさんから郵便が来た。「助けて」。 大きなリュックを背負ってフィオナは行く。パリに行くしか無い。 叔母のマンションを訪ねても彼女は居ない。連絡もつかない。 うろうろとパリの街をさまよう? ほんまに? 携帯で記念写真撮ってもらってたらドジってセーヌにドボン。荷物はなくなる、 携帯はなくなる。お金も着るものも・・・。 着の身着のままで彷徨うフィオナ。もらった食事券でマキシムへ。 フィオナの金を拾ったホームレスがその金でマキシムへ。 出会いはダンスに。 えっ二人はどうなるの? 官能的なダンスとエロチックな夢、この人たちメチャ動きが美しい。 そして、妖しい人やら、怪しい人やら、難儀な人やら不思議な人やらが入り乱れて 何が起こるか想定不能。 抱腹絶倒はせえへんけど、あらそうとつい見てしまう。 さて、おばさんはもしかしたら死んでしまった? それは大変葬式会場に向かう。 もしかしたら人違い? ではどこに? いつのまにかホームレスと仲よしに? 遺灰ってどこに撒いてもええの? 水に溶けるエコな骨壷? 何やら不思議な世界? さて、おばさんは見つかるのか? フィオナはどうなるのか? 奇妙やけど、面白い。

で、全く関係無いけど、この映画を見に行って一番大きな収穫は、シネヌーボーの 向かいにある、「Cafe Accogliente」という喫茶店に時間つぶしで入ったけど、 その時飲んだインドネシアのコーヒーが素晴らしく美味しかった事。 ちょっと高いけどその値打ちはあると思う。 (又、ブログでレビューします。)

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ありがとうございました。

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神戸、元町、元町映画館で「台北ストーリー」を見た。

すばらしい。せつない映像が心に沁みわたるようだ。 台湾の80年代ニューシネマの時代の幻の名作を4kデジタル修復したやつだそうだ。 夭折の天才エドワード・ヤンの傑作だと言う。わしは映画に詳しい人ではないんで 難しいことはわからん。まったくすっぴんで見さして頂いた。 どうやら日本のバブル期が始まったころの話らしい。街の風景も、人の服装も 車もなんもかんも古くさいようではある。しかし、それが妙に懐かしくて、切なくて 美しいような気がする。決定的に違うのが携帯電話とインターネットがなかった 時代やったなあって思い出す。もしそれがあの頃あったら、あの時のあれはどうなって たんやろ? もっと別の展開になってたかも? なんて遠い目で振り返るようなことがあったのかなかったのか? がらんとしたマンションが映る。 一組の男女がいる。女はアジン、希望に満ちているようだ。ここは2人の愛の 住処になる。「大丈夫、私の給料がアップするから」 男はアリョン、何となく興醒め風だ。 どこか噛み合っていない。 女はバリバリのキャリアウーマンらしい。 男はアメリカから帰ったばかり、しかし、今は小さくて雑多な卸問屋や商店が 立ち並ぶ廸化街でしがない布地の商売をしているようだ。 そして2人の噛み合わなさがだんだんと広がってきた。 アリョンには少年野球で活躍した忘れ難い栄光の時代がある。しかし、その後は何をやっても ぱっとしない。幼馴染のアジンと自然に結婚するながれになっていたはずが、 だんだんと歯車がずれはじめた。ならばアメリカに行ってやり直すか? 本当にそれが解決になるのか? 決められない男、動けない男? 苦悩する男? 女は戸惑う。 そして女にも破綻がやってきた。仕事がうまくいかない。 首になるのか、辞めるのか? 元上司にも心が揺れる 殆ど会話しない。会話しても出口がない。なおそれゆえにわしらに緊張感を強いてくる。 会話のない二人をカメラが追う。窓の外に街の景色が見える。ありきたりの商店街、ありきたりの都会、 富士フィルムのネオンサイン、ありきたりの街角、何故か、それがとても美しくて心を打つ。 全編を流れるものういチェロの調べ、昭和の日本の歌。 爺さんのノスタルジーをえらくくすぐってくれる。 普通語と台湾語?(福建語?)を使い分けてるみたい。 これからの時代と過去の亡霊? アリョンはどうなる? アジンはどうなる? 二人はどうなる?

台北にまた行きたくなったなあ。 廸化街にも行きたい。

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生まれて初めて個展をやってみた−02

注!!:友人が私の個展の写真ギャラリーを作ってくれました。興味があると思われる 方はご覧ください。右サイドバーにリンクを貼っています。 宜しくお願い致します。

ミナミの繁華街の真っ只中、アジア系の観光客が毎日、毎日雲霞のように通り過ぎる えらい賑やかなとこで個展をやってしまったんで、もしかしたら、さぞかし、何かの はずみでわしの絵を見に来てくれるひともいてるかもしれんと密かな期待と心配は しないでもなかったけどそういう心配は全く必要がなかった。そういう人たちは 誰も来ない、興味も示してくれない。 まあ、そういうものだ。 来てくれるのは殆ど友人、知人ばかり。 まあ、そういうものだ。 とてもありがたい。わしの絵が気に入ったから、なんて、そんな事は決してない。 多少はあるかもしれん。そう思いたくもある。

しかし、まあ、普段の付き合いで、何かしらんけど頑張ってる見たいやからちょっと いって激励したろということで結構無理をして来てくださってるようなきがする。 絵を描くなかまだけではなくて、よく旅行に行く仲間であったり、旅先で知り合った だけの人たちであったり、篆刻の仲間であったり、はたまたカレー繋がりの人たち であったり、学生時代からの友達であったり、昔の仕事仲間であったり、ただの 仕事繋がりのわけのわからん、けど大事な友達たちだったり、思い出してもきりが ないほど、実にたくさんの人たちに来て頂いた。 それだけでもありがたいのに殆どの人からいろんな差し入れを頂いた。 わしが酒好きと知ってる人が多いんでお酒の差し入れも多い。すぐ飲めるよう、 冷えたビールを持って来てくれた人もいる。ワインがあれば日本酒もある。珍しい 洋酒もある。それに美味しいお菓子もある。見たことも食べたこともないような 珍しいお菓子もある。ちょっとカッコいいブランドもある。お花も頂いた。 カレーの差し入れもあった。それがまた格別に美味しいのだ。 あれもこれもと枚挙に遑がない。 それにしても、皆さんええセンスしてるなあって感心する。いいもの、おしゃれな もの、喜ばれるものをよう知ってはる。こういうのをバシッと選ぶ能力はいつも 羨ましいかぎりだ。わしの場合は、持って行くことすら思いつきもせんかったり、 思いついても手近で間に合わせたり、ドグサイことばっかりやってる。 しかも、お返しできる人ばかりではない。住所も知らんし、次に何時、どんな機会に 会えるかわからんのにちゃんと心遣いしてくれている。わしは日頃そんなこと できてるんかどうか考えたら嘆かわしい。 どうしてご恩返しをしようか悩ましい。 遠くからも来て頂いた。はるか東京から、愛媛から、京都から、奈良から、和歌山から、 遠路遥々来て頂いたのだ。 感動あるのみだ。 で、毎日外をみれば、アジア系の観光客がぞろぞろ歩いてるし、「はり重」さんには 朝から行列ができてるし、「松竹座」にも観客がならんでる。 元気一杯の大阪、真っ只中だ。 わしも元気を頂こう。 来て頂いた皆さん、本当にありがとうございました。

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最近読んだ本、「海の見える理髪店」、「絢爛たる影絵ー小津安二郎」

萩原浩、「海の見える理髪店」 不思議な理髪店があった。何の変哲もなさそうな田舎の店に不思議と客が絶えない。 しかも有名人がお忍びで来ることも多いのだそうだ。かっこええ。 そういう店がいつのまにか客を取らなくなったようだ。 ある日、若者が一人その店を訪れた。 そして・・・・。 久しぶりで実家を訪れた。母はどうしてる? 私にとっては自分勝手で、独りよがりで、押し付けがましい・・・ しかし、老いが母をどう変えたのか?・・・・・ こんな夫とやっていけない。子供をつれて実家に帰ってしまった。しかし、 実家で居所はあるのか? そして不思議な手紙が・・・・・。 とてもシュールな話でもある。 母の離婚で実家に連れられてきた茜、子供にも絶えられない貧しさとやりきれなさが 続く。ある日、茜は海を目指して旅にでる。そして出会ったのは・・・・・? 父が残した形見の時計、あんな人生で僅かにのこったお宝のようなもの、どれほどの 値打ちが? お金より人生の足跡か? 中学生の娘が突然なくなった。それから数年。成人式を迎える日がやってきた。 未だに娘のことが忘れられない。夫婦がとった意表をつく行動とは? あまりにも切ない。 少しほのぼの、少しビター、少しシュール、少し素敵でかっこいい、少しおかしい、 少し哀れ、少し哀しい。 すこしずつの短編集。時々心が離れ、時々引き寄せられる。 そんな短編集。

高橋治、「絢爛たる影絵ー小津安二郎」 強烈な個性を強烈に描いた強烈な作品ではなかろうか? 作者は小津安二郎を とても嫌いでとても憎んでいてしかもその個性と才能にどうしょうもなく惹かれて それを認めざるを得なくてあえて描く、描くからには余すところなく描くという 心の中から生まれた本なんとちゃうやろか? それにしても映画ってなんて恐ろしい、こんなに鬼気迫る環境の中からでしか、 生まれて来んとあかんもんなんやろか? わしは素人やから映画を見てもその裏側は なんもわからん。ただストーリーを追って、喜んだり悲しんだり、笑ったり泣いたり、 興奮したり、感動したりしてるだけやけど、それがどういう企みの元に組み立てたてて、1枚、 1枚のカットに落とし込むのか、役者は何をどうみせるのか、観客の心と視線を どう誘導するのか? ありとあらゆるところに拘りと才能が妥協なく注ぎ込まれる ところがなんと凄まじい。 小津の映画がこんなんやったら他の人の作品ってどんなんなんやろ、今の映画は どんな風につくられているんやろ? これから映画をみる見方が変わって来そう やなあって思う。いろんな興味と疑問をもってしばらくは映画を見るかもしれんけど そんなん知らんし、考えもせん方がかえってオモロイかもしれんとも思ったりする。 プロの世界って怖いですなあ。 シンガポールの話も面白い。

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映画、「娘よ」を見た。

大阪、梅田のテアトルでやってるやつだ。今回は所用が重なってるんと、開幕当初は かなりの人気を博してたということもあって、いつもやったら早めに行ってチケットを 買うんやけど大丈夫かな? と心配もあった。それで調べてみたらネットで簡単に 事前のチケット購入ができるではないか。こんなんやったらもっと早くからやっとけば よかった。わしが時々行く他の映画館もネット予約できるとこがおおいやんか。 これからはもうちょっと楽ができる。楽しみだ。 で、開演時間ぎりぎりでテアトル到着、ポスターを貼った中央壁際にある発券機の ところにいって縞々のQRコードを翳して登録パスワードを入れたらピローンと 音がしてチケットが出て来る。いの一番にええ席がとれてるから楽なもんだ。 満席近くを予想してたけど結構パラパラしてる。 映画はいきなり山村の風景から始まる。外には雄大なヒマラヤ、カラコラムの氷雪の 高山が連なっている。朝、その家の初老の父親がが起き出して来たようだ。娘が お皿にごはんを盛って、ぐつぐつと煮える鍋から、カレーかな? 骨付きチキンと スープをかけて父親の前に差し出す。父親は右手でごはんとおかずを混ぜながら 食べ始めた。美味そうだ。 えっ、父親と娘では無い? 年の離れた夫婦なんやということが分かってくる。 このあたりでは、結婚は親が決めるもの、家と家、部族と部族を結びつける道具の 一つでしか無い。2人には子供がいる。まだ小学生、10歳の可愛い娘だ。 部族の長である男はある問題を抱えている。 長年、ある部族との血で血を洗う構想が絶えることがないのだ。お互いに相手を 殺しあい、その復讐に又相手を殺す。憎しみの連鎖が切れない。 どちらももううんざりだと思っている。 ある日、男は勇を鼓して敵に会いに行った。「もうやめよう。」、「条件がある。」 お前の娘を私の嫁にするという事だ。 よくある解決法だ。 一族の為に父親は飲まざるを得ない。 結婚の日が迫った。 母はある決心をする。 そして2人は山に向かう。険しい山の中だ.歩いて2人はどこまで逃げ切れる? 追っ手が迫る。 ギンギンケバケバのトラック野郎は助けてくれるのか? 遙かヒマラヤを望む高原でのつかの間の幸せは続くのか? 母と会えるのか? 母から娘へと伝えるものは? アフガニスタンやネパールの奥地ってとても行ってみたいとこやけど今の情勢 ではとても無理だ。しかし、あのあたりの暮らしぶりが少しでも垣間見れたるのは とてもいい。 ラホールの街の雑踏もとてもいい。 ええなあ、行ってみたいなあ。 とても美しい風景の映画だ。

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映画、「百日告別」を見た

シンミンは結婚の直前に婚約者を突然交通事故で亡くした。 ユーウェイは妊娠中の愛する妻と一緒にドライブしていて事故に遭った。 人の一生には何回か、悲しみにうちひしがれて慟哭がとまらへんようなそんな 事態に出会うことがあると思う。あまりの耐えがたさにとうとうその人の人生が 壊れてしまって、周りも含めて取り返しのつかへんことになってしまった人も 見たことがあるけど、それはごく限られている。殆どの人が、 すこしずつ、それと 向き合って、受け入れていくんやと思う。 シンミンはどうやろう。 愛する人を突然失った悲しみは消えるはずがない。泣きの涙の毎日だ。 自殺を考えたこともある。 しかし、とうとうある日、新婚旅行で一緒に行くはずだった沖縄グルメ旅に出発する。 沖縄はええですなあ。台湾人の監督の沖縄や日本を見る目の優しさを感じる。 素晴らしい旅だ。 悲しみは癒えるわけはないやろうけどステージが少し変わってきたんではなかろうか。 ユーウェイはどうやろう。 悲しみに溺れやけっぱちの毎日だ。 呑んだくれて喧嘩をすることもある。 しかし、ある日、妻がピアノを教えていた生徒達に中途で終わった授業料を 返しに回り始めた。 高雄の街だ。 この街は、何の変哲もない台湾の普通の都市やけどどこか優しい佇まいがある。 穏やかなええ街やと思う。映し方が上手いんやろなあ。 やがて妻が弾いていたショパンのエチュードの美しさに気がつく。 心に沁み入る 曲ではないか。 彼も少しステージが変わったんではなかろうか。 物語では、穏やかにものごとが進んで行く。 少しずつ何気ない穏やかな変化を通して、日常生活に包まれていき、癒やされて行く その過程が、その風景とともに好ましく見える。 ええですなあ。台湾に又行きたくなってきた。 日本でも仏式のお葬式が殆どだ。 基本は7日毎に色んな儀式がある。死んでも死にきれない亡者が、家族の元に 帰りたがる。それでも泣く泣く三途の川を渡る。いろんな試練を経てやっと 極楽に落ち着く。そういう死後のステージをこの世の人が見守っていくのだ。 それが本当かどうかは誰も確かめた人はいない。それをどう考えるか別にして、 その行事の忙しさにむしろ救われることもある。 あるいは、それをきっかけに心の中の悲しみのステージが変わっていく、あるいは 時間に癒やされていく、そんなこんな事を考えると、仏教ってようできてるわって 思ったりする。 そして百日が来たころ、涙とはおさらばするのだ。

映画を見ててちょっとだけ気になったのは、映画の言語がすごい綺麗な中国の 「普通語」だったことだ。沖縄では沖縄の言葉で喋る、ほんまもんの言葉かどうかは わしにはわからんけど、おばあちゃんがとてもよかったんで、台湾語で話をする ような台湾映画ができたらええなあって思ったりした。

穏やかで優しい、心和やかになる映画やと思う。

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映画、「雪女」を見た

外は闇。山深い農村の森の中を女が提灯をかざして歩いてくる。周りは漆黒の闇、 赤い灯がゆらゆらゆれて美しくて幻想的でもあるし、不気味でもある。こんな時に 獣が出たらどうしよう?、悪い奴に襲われたら?、それよりお化けがでるんとちゃうやろか?、 そんな心配はないんやろか? もしかしたらこの女こそ魔性の化身だったとしたら 怖いもんなんてなんもないはずやし。 どうなんやろ? 村の外れの一軒家に着いた。玄関を開けて殆ど真っ暗な家のなかで電灯を付ける。 ボーと家の中がほんのり明るくなる。この明るさがとてもいい。谷崎潤一郎の 「陰翳礼讃」の世界だ。茶の間の畳と障子と襖と床の間の掛け軸がぼんやりと見える。 静寂と幽玄と侘び寂びの世界だ。何もかもが見える必要はない。 こういう灯のなかで暮らすのがとてもええと思う。本を読んだり、細かい仕事を したりするのには向いてへんけどこんな灯を作ってそんな中で暮らす時間を 持てたらええなあって思う。 そんなときには周りに精霊がいてるかもしれんと思うことがあってもそれは自然な ことだ。 ネパールの山の中でも、ヒンズーの神と一緒に山に住む精霊が祀られている。 ラオスのメコンの奥の村のなかでも精霊が一杯いてはった。 この村でも雪が降りしきる山のなかではやはり山の精があるいは雪女が密かに 住んではるんとちゃうやろか? ある雪の日、山に猟に出た巳之吉は仲間の茂作と遭難する。やっと避難小屋に たどり着いたけど茂作は死んでしまう。力尽きたのか、雪女に命を奪われたのか? そして助かった巳之吉のところに若くて美しい女が現れる。 いつしか2人は一緒に暮らすようになる。 果たしてこの女は何者なのか? 2人には子供が生まれる。 魔性の子は魔性なのか? 渡し舟に乗って山に渡る。 渡し舟に乗って村に帰る。 あちらの世界とこちらの世界? 誰もいない山の中に1人で入る時はみなさん気をつけましょう。 夜寝てて気がついたら、隣に見知らぬ美女が寝てて、ええことしてくれるか? あるいは 氷のような息を吹きかけてくるかもしれませんよ。 小泉八雲の世界、遠野物語の世界、上田秋声の世界、泉鏡花の世界、日本の魔性の 世界はどれも妖しくて美しくて、面白い。特に高野聖がよかったなあ 中国の聊斎志異に出てくる陽気なお化けたちも面白いけど。

この映画はとても美しくて妖しくて、エロチックだ。 是非、映画界で日本の魔性を感じて下さい。

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雲南省、棚田、少数民族、奇観絶景の旅-53、東川紅土地の日の出を見に行く

海抜2600メートルのホテルは夜になるとぐんぐん冷え込んで来た。来るときは、 あんまり情報がなくて、山の上とは聞いてたけど2600もあるとは知らなんだ。 今日は朝早くから日の出を見に行く。寒さ対策は大丈夫やろか? あるだけ着て 出て行かんとしゃあないやろなあ。 山の上の朝は暗い。

日の出を見に行くんやから日の出前、暗いのは当たり前やけど暗いと余計寒さが 身にしみる。トイレに行く回数が増えるのがつらい。あんなトイレやから余計。 朝飯は帰ってから食うという話やったんやけど、ガイドさんと相談して、朝飯は 無しにすることにした。まだ見たいとこは沢山あるけど、ゆっくりしてたら、 今日は昆明から飛行機に乗らんとあかんので、その余裕がきつくなる。飯を食いに ホテルに戻らんかったら見学する時間も少しは延ばせるんとちゃうやろか。 1食 くらい抜くのはなんともない。 えらいもんで太陽はでてなくても日の出が近づくとあたりはだんだんと明るく なってきた。

反対に太陽が出そうなあたりは逆光になるのか、暗く見えて、その分稜線のシルエット が美しい。

そのうち稜線の上の雲のあたりに何かしら兆しが見えて来た。

あそこから出る様だ。雲の奥の方に光がピクピクしてる。しかしそれでも出そうで 出ないのが何とやらで時間ばっかり経っていく。 寒いんでおしっこもたまってくる。太陽が出る場所がわかったんで、とりあえず 居りばしょも決めて座り込もう。あたりをうろついて写真をとる場所を探したり おしゃべりしたりワイワイしてるわしら以外の人たちもいよいよの場所を定め始めた ようだ。みなさんええ写真が撮れたらええですなあ。 さあ来たか。

目指す稜線からビシッと光が走った。 この瞬間だけが特別素晴らしい。 普通では見られへん数秒間だ。

そして一気に昼間の明るさになる。

ここはここで東川紅土地の絶景ポイントの一つ、印象に残る風景だ。

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雲南省、棚田、少数民族、奇観絶景の旅-50、紅土地の日没風景

さて、だんだん日が落ちてきた。周りの人もだんだんその気になって、ええ場所 と思えるとこに固まりつつある。わしは、人があんまり集まってない草原の端 に座ってゆっくりスケッチをすることにした。

目の前に広がるのは横長の景色やからどうしても1枚には収まらへん。2枚続き で描いていく。人だかりから外れて機嫌よう描いてたら、「あいつ何してんねん」 と言うことか、だんだん人が集まり始めた。背中の後ろでごそごそ言うてはる んで聞かれるがままに、「日本から来た」とか、「水墨画をやってる」とか簡単 な情報はふりむくことなしに呟いてたら、「日本から来た画家やて」とか、 「えらい描くの早いなあ」とか「日本流の絵らしいで」とかいろいろ言うてはる。 決して下手やなあとは言わんのはそれなりの礼節をわきまえてはるらしい。 かなり長いことじっと見てはったけど、いつまでたっても絵らしくならへんので あきれたのか段々人が減っていって、とうとう誰も居いへんようになった。 嬉しいのか、残念なのか、微妙なとこだ。

そうこうする内に太陽はどんどん沈んでいく。稜線の風車がええ感じだ。

だんだんと景色がわからんようになってきた。 でも見ようによってとか、光の具合とかでカメラに写った景色はそれほど暗く ない時もある。不思議なもんだ。

一応スケッチを終わって、皆さんが集まってるあたりまで戻って来た。 そのへんでえらい人だかりがしてる。なんやろって見に行ったら、えらくカッコ ええお爺さんが犬をつれてポーズをとってはる。

それを皆さんが写真に撮ってはるのだ。 どうも、この人はこのあたりでは有名なお爺さんらしい。新聞やら雑誌やら テレビやらで何度も話題になっていて東川紅土地と言えばこの爺さんと言うこと で誰でも知ってるほどの人らしい。 それで、人が集まる頃合いになると間合いを計ったかのように現れはるのだ そうだ。それで写真家の人達が争うようにポーズをとってもらいながら撮影 するのだそうだ。現にここでも大撮影会が始まっている。お爺さんと犬が色々な ポーズをとってるところを周りからあっちでもこっちでもカシャカシャ、カシャカシャ とシャッターを押す音が喧しい。 それで、1人なんぼかずつお金を頂いたら結構な収入になるんとちゃうやろかと 下衆の勘繰りを働かせてたら、彼はお金をとってないし要求もしないのだそうだ。 それでもと敢えて心付けを渡す人からは拒むことはしないで喜んで頂くのだと言う。 ここでもどなたかが心付けを渡していた。で、それに乗っかって心賤しいわしらが パシャパシャと便乗撮影をさしていただいということだ。 日が暮れてきたらさすがに寒くなってきた。この展望地は結構高台にあるんで 来た時から風がビュービュー吹いていた。最初はあんまり気にならへんかったけど じっとしてるうちにジンジン冷えてくる。全く真冬用の着るモノが必要だ。 それを着てもガタガタと震えがくるくらいだ。 この旅の最初の方は雨ばっかり、雨具を着てすごした。途中から亜熱帯気候の 中につっこんで、半袖すがたでもええくらいになってきてた。そして最後は 寒い寒い山の中、景色や風俗だけでなくて気候や温度でも多彩な体験をさして もらったようだ。 今は大変やけど帰ったらきっとええ想い出になることやろうと思う。

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雲南省、棚田、少数民族、奇観絶景の旅-47、養蜂農家に出会った

このあたりは有名な撮影スポットという話をしたけど、後でパンフレットを見て みたら中国で撮影家が一生の間に訪れないといけない50の場所の内の1つって 書いてあった。それがどんな根拠があるのかないのかそれについては定かではない。 もう少し先に進むと、小さな小屋の横に停まった。

ここも撮影スポットらしい。降りてみると小屋の前に小さな箱が並んでるのは 養蜂用の箱ではないのか。

小屋の裏の方では犬がワンワン吠えている。やかましく吠えながらぐるぐる回って いるけど特にわしらに噛み付いてやろうという気持ちはないみたいだ。機嫌も 悪くない。ただ吠えたい気分なだけなんかもしれん。

それにしてもこんなとこでミツバチを飼えるなんて、やっぱり山また山と果てしなく 続くうねうねの中でええ空気を吸うてええ花が咲いて、それがええ景色になって、 その花の花粉を食べたミツバチがええ蜂蜜を作るんやろなあって思う。そうなると、 蜂蜜を買いたいという期待が持ち上がる。村の中か、ホテルの中かでそういうものを 売ってたらええなあと思う。野山のキノコとか蜂蜜とか山のお茶とか色々珍しいものに 出会えるかもしれん。もしかしたらバイヂュウ(白酒)に浸けた怪しげな動物のエキスにも 出会えるかもしれん。そっちのほうはあんまり望むところではないけど。 ということで、その後、たまたまホテルで売る気ない状態で置いてあった蜂蜜の 中からアカシヤの花の蜜のやつをゲットした。このプラスチック瓶一杯で、100元 (約1500円)なんと安いんやろ。

しかもとても爽やかな甘さだ。香りもとてもいい。ここらへんは標高2600メートル くらいらしい。こういう高原でとれたやつは美味しいなあ。 犬の横には太陽光パネルが置いてあるし、遠くには風力発電の風車が見える。 エコエネルギーの地域でもあるらしい。 で、ここから見下ろす農地にもまた別の興趣がある。

ちょっとわしのカメラでは遠すぎるけど、畑の中で作業してはる。 整地して種を蒔いてはるんやろか? ロバの荷車がある。牛と違った愛嬌があって可愛い。 畑の上を飛んでるのは何やろ?

わしのカメラでは殆どわからん。 もっと望遠のええやつがあったらよかったんやけど。 鳥ではない? 虫? 面白いね。 何とな幾らおっても飽きへんとこだ。

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